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経済コラム


3年連続の大幅賃上げか
2024/04/08
2024年春闘では、大企業主導で5%を超える大幅な賃上げが実現したが、賃上げに前向きなのは中小企業も同様である。中小企業は、大企業ほど業績面での余裕はないのだが、大企業以上に深刻な人手不足が賃上げを後押ししている。賃金水準を引き上げなければ、新規採用が難しくなっているどころか、自社の従業員が他社へと流出し、既存事業の継続すら危ぶまれる状況となりかねないからである。昨年は人手不足倒産も増えていた。

人手不足は今後も継続する可能性が高い。昨年の経済成長率は微々たるものだったが、少子高齢化で働き盛りの年齢層が減り続け、それを補ってきた高齢者や女性の就業拡大も限界に近づいている上、近年の働き方改革の一環で残業規制まで加わったため、労働需給が逼迫しやすくなっているのである。先週公表された3月調査の日銀短観でも、一段の人手不足が確認されている。

2023年および2024年の春闘では、人手不足のみならず、長引く物価高も大幅な賃上げにつながる要因となった。物価高による実質賃金の低下が、従業員のやる気を損なうことを恐れた大企業経営者が、労使交渉が始まる前から、高い賃上げを自ら宣言したのである。足下では、増大する人件費をサービス価格に転嫁する動きが広がり始めており、インフレはまだ簡単には下がりそうにない。さらに今春には、電気代に課される再エネ補助金の大幅な引き上げや、電気代・ガス代の補助金の打ち切りが決まったが、これらはインフレ率を0.75%ほど押し上げる要因となる。インフレ率は来年初め頃までは3%程度で推移するとみられ、そうした高止まりするインフレ率は、効率賃金仮説的なメカニズムを通じて、2025年春闘においても高い賃上げを促す公算が大きい。やや気が早いが、2025年度も大企業主導で春闘における高い賃上げが実現し、人手不足の中小企業もこれに続く、という構図が繰り返されるのではないか。
【クロワッサン】

袋小路に入りつつある中国経済
2024/03/12
中国経済の低迷が続いている。コロナ禍が収束し、昨年早々に経済が再開されたが、その後も、期待された急回復は全く起こらず、政策当局は景気刺激策を繰り返している。今年に入ってからも、株価対策や不動産刺激策、金融緩和などを推し進めてきたが、効果は現れていない。金利低下が続いているのだが、それによって資金需要が増える兆しもない。不動産バブルが崩壊した90年代はじめの日本経済を彷彿とさせる状況となりつつある。このまま中国でも「低金利・低インフレ・低成長」が定着するのだろうか。

バブル崩壊後の日本を振り返って見る。当時日本は、不良債権問題に向き合わずに、マクロ安定化政策で景気を下支えし続けた。そのため、銀行の追い貸しが常態化し、将来性がなく生産性が低い企業がそのまま延命される結果となった。それによって、経済資源が低生産性部門に固定化された上、株安など資産市場の動揺がだらだらと長引いて不確実性が高まり、問題のない企業も設備投資や人的資本投資に慎重となり、潜在成長率が一段と押し下げられることとなった。中国でも既に同じことが起こり始めたように見える。さらに中国では、不動産と並んで成長を牽引してきた輸出セクターが、米中対立の深刻化で再起困難な大打撃を受けている。近年のITや教育など民間セクターへの政府介入や、コロナ禍での厳しいロックダウンが、民間企業に政治リスクを強く意識させていることもダメ押しとなり、今やグローバル企業も中国企業も、中国での投資に相当に慎重となっている。3月の全人代でもこうした事態の打開策は見いだされなかった。今年のGDP成長率目標を、中国政府は昨年と同じ5%程度に設定したが、昨年はロックダウンの反動で放っておいても高い成長が実現しやすい年だった。しかし今年はそうした押し上げ要因はない。目標達成は何もしなければまず無理であり、中国政府は今年も、長引く景気低迷に悩まされ、経済対策を繰り返すことになると見られる。これもまた、90年代の日本で頻繁に見られたことである。
【クロワッサン】

賃上げは広がりそうだが・・・
2024/02/28
3月半ばの春闘集中回答日は、日銀の金融政策を占う上でも注目される一大イベントであり、ここで概ね明らかになる2024年度の賃上げ率が、前年度を上回るかどうかが焦点となっている。春闘は労組のある企業が参加するため、組織率の高い大企業の参加が圧倒的に多いのだが、その大企業は好業績・人手不足・物価高に後押しされて、経営者が自ら大幅な賃上げを早々に宣言したり、指定回答日より前に満額回答が出たりと、かなり好感触である。昨年を超える賃上げが実現する可能性は高そうだ。

一方、中小企業は大企業ほどには好業績とはいえず、賃上げ余力が乏しいと思われがちである。ただ、最近の民間調査によると、業績が好調な中小企業はもちろん、業績が芳しくはない中小企業までもが、賃上げを実施すると回答している。なぜか。高齢者の引退が増えていることもあり、日本全体として、人手不足が一段と深刻かしており、そのしわ寄せを受けやすい中小企業は、極めて厳しい人材獲得競争に直面しているからである。労働力を増やすどころか、確保し続けるためにも、賃上げをせざるを得ないということである。

したがって、今春はまずは春闘で大企業を中心とした賃上げが確認され、その後は中小企業もそれに追随することで、2024年度は2023年度以上の賃上げがマクロ的に広がっていきそうである。もっともそれは、必ずしも「実質賃金」が上がることを意味しているわけではない。円安の影響でインフレ率は未だに高止まりしており、名目賃金の上昇がそれに追いつくかは微妙なところだろう。仮に昨年を超える2%超のベアが実現したとしても、実質賃金の落ち込みが辛うじて止まるだけで、ほとんど上がりはしない、という可能性も十分にありえる。
【クロワッサン】

国内消費を押しのけるインバウンド消費
2024/02/14
長引く超円安のサポートもあり、訪日外国人客が増加している。昨年終盤には既にコロナ前の水準を上回るに至ったが、気がかりなこともある。一つは中国からの訪日客の戻りの鈍さだが、これは、日中関係があまり良好でないことだけでなく、中国経済が不動産不況に見舞われ、海外旅行にいく経済的余裕がなくなる人が少なくないことが背景にある。もう一つは、日本側の供給面の問題である。超円安は訪日客を増やすだけでなく、海外旅行が高嶺の花となった日本人の国内旅行も刺激している。その結果、飲食、宿泊、娯楽などのサービス業では、他業種以上の人手不足に見舞われ、施設の余剰があっても、顧客を受け入れられないところまで来ている企業も少なくない。取り込み切れない需要は、価格を大いに押し上げ、宿泊料はコロナ前より2割以上も高くなった。

インバウンド需要が押し上げているのは、宿泊料以外にも、外食や娯楽などのサービス価格など様々な業態におよび、それら業態の人件費も押し上げ、インフレ圧力を広範に高める要因となっている。周知の通り、最近、個人消費が振るわない背景には、物価高があるが、その物価高をもたらしている原因の一つがインバウンド消費なのである。足下の超円安は、輸入物価の上昇をもたらす元凶として知られるが、インバウンド需要を通じても国内のインフレ圧力を高め、それが国内の需要を押しのける「クラウドアウト」を引き起こしている。円安でGDPは増えるかもしれないが、現在の状況において、人々の経済厚生が上がるのかは、大いに疑問である。
【クロワッサン】

インバウンド消費に押し出される国内消費
2024/01/30
長引く円安に後押しされ、訪日外国人旅行客が大いに増加している。コロナ禍では2019年の水準の1割弱まで落ち込んでいたが、今や、2019年を1割近く上回る水準まで増加してきた。2023年12月時点の訪日客を2019年12月と比べると、中国からの訪日客はまだ当時の半分以下だが、それ以外が3割以上増えている。円安は今も続いており、また、日本は海外との比較ではインフレも低いため、価格競争の優位性は簡単には崩れそうにない。これがインバウンド需要を引き続き刺激しそうである。

ただ、インバウンド需要の回復を鈍らせる要因が二つほどある。一つは中国である。中国からの訪日客の戻りが鈍いのは、日中関係が良好とは言いがたく、団体旅行解禁などが遅れたこともあるが、それだけではない。不動産不況に悩まされる中国では厳しい雇用所得環境が続いており、これが同国の海外旅行の回復を鈍らせている。そしてもう一つの要因は、日本の人手不足である。人口動態や働き方改革の影響で、日本の労働供給は拡大が難しくなっており、インバウンド需要が増えても、宿泊施設や飲食店が人手不足で対応しきれない、ということが頻発しているのである。あふれる需要を取り込めなければ、付加価値は生まれず、値段が上がるばかりである。さらに、こうした価格上昇は、国内消費の回復を鈍らせることにもつながっている。経済に過剰な供給能力があるとき、通貨安は需要を刺激する良い政策となり得るが、人手不足が供給制約となっている状況下では、過度な円安は物価を押し上げ、社会厚生を悪化させるだけ、ということになりかねない。
【クロワッサン】

人手不足のもう一つの原因
2024/01/17
2024年3月末を以て、例外的に認められていた建設・運輸・医療などの残業の上限規制の猶予が終了する。いわゆる2024年問題である。帝国データバンクによると、昨年はこれまでで最多の260件の企業が人手不足を理由に廃業したが、このうち半数が、2024年問題が直撃する建設・物流業であった。残業規制導入を前に、労働力確保の目処がいよいよ立たなくなり、事業継続を断念したということなのだろう。これはやや極端な例だが、残業時間の上限規制は、それ以外のセクターにおいても人手不足に拍車をかけている。というのも、大企業の残業規制が導入されたのは2019年4月のことであり、それ以前から、社会的な働き方改革の風潮を受けて、大企業経営者は自社の従業員の残業を減らしていた。しかし、人で不足がより深刻だった中小企業については、政府は残業規制の導入を1年遅らせ2020年4月としていた。つまり、規制導入の直前にコロナ禍が襲来し、需要が大きく減少して人手不足問題が一時的に棚上げされたため、中小企業が残業規制の影響を実感するのは、経済が再開した昨年からだった、ということなのである。もとより、就業者数は、高齢化の一段の進展によって、増やすことがますます難しくなっている。そうした中で、従来の景気回復局面のように大きく残業を増やすこともできなくなり、労働供給の拡大がさらに難しくなっているのである。景気が良いとは感じられない状況でも、人手不足が深刻化し続けている背景には、こうした供給サイドの変化がある。
【クロワッサン】

米国は大幅な利下げを行えるのか
2023/12/27
米国経済は、度重なる利上げにもかかわらず、堅調を保っているが、それでもインフレ率はピークに比べれば大きく低下してきた。インフレ率の低下に貢献したのは、当初は世界的なコモディティ高の沈静化やサプライチェーンの正常化、ドル高だった。現在、これらの影響は概ね一巡したが、それでも、インフレ率は緩やかに低下している。コロナ禍で低下した労働参加率の回復に加え、生産性の高いセクター・職種への労働移動やAIなどITデジタル技術の活用、省人化投資の拡大などによる生産性向上が影響しているのだろうか。もしそうであれば、堅調な景気とインフレ沈静化が両立した状態が持続することになり、金融市場には大きな朗報だろう。

ただ、そうした生産性向上がインフレを抑制する最高のシナリオであったとしても、11月のPCEコアデフレーターは前年比3.2%と、現時点ではまだ2%インフレ目標には大きな距離がある。それでもパウエル議長は、12月13日のFOMCで利下げの議論を始めたことに言及したが、これは、インフレ抑制より景気失速を避けることを優先させる、という意思表示なのだろう。来春にも利下げが始まるのではないか。とはいえ、現在既に起こっているように、市場が将来の大幅な利下げを織り込み、資産価格の上昇が続くと、米景気は再び加速し、インフレ沈静化も止まる可能性がある。利下げを開始しても、金融市場が期待するような、大幅かつ継続的な利下げとはならないかもしれない。気が早い話だが、来年の今頃には、利下げ局面が既に終わっている、ということも十分にあり得そうである。
【クロワッサン】

中国経済は景気対策でも復活せず
2023/11/29
中国経済の停滞が長引いている。7月後半から景気対策が拡充されてきたのだが、不動産セクターの調整が足を引っ張り、景気はほとんど持ち直していない。危機感を強める中国政府は、10月下旬に、同国としては珍しい年度途中での1兆元の国債発行を決定したが、その後も人民銀行による流動性供与や民間銀行に対する融資拡大要請などが行われている。また、12月の経済工作会議やその前後にも、景気刺激策が追加されるとみられる。一連の景気対策の助けを借りて、今年の成長率は政府目標の5%程度を辛うじて達成し、年明け以降も大きな失速はなんとか避けられるのではないか、というのが、筆者を含む大方の見立てだろう。

もっとも、失速は避けられたとしても、明確な持ち直しの展望は描けないのが、今の中国の現実である。中国経済の大きな重石となっているのは、少子高齢化と不良債権(予備軍)であり、90年代の日本と共通点が多い。当時の日本と比べると、中国は通貨高の問題は回避しているのだが、代わりに米国との深刻な対立に悩まされ、そのことが、短期的には輸出や対内投資を抑制し、中長期的には資本蓄積や全要素生産性の向上を阻害することで、同国経済に悪影響を及ぼしている。日本が当時直面していた対米貿易摩擦も激烈だったが、米国の現在の対中包囲網はそれを凌駕しており、中国の状況が当時の日本より良いとは到底言いがたい。
【クロワッサン】

実質賃金の下落にいつまで耐えられるか
2023/10/11
今年の春闘では、正社員のベアが平均2%弱、定昇込みなら4%弱という、1993年以来となる賃上げが実現した。こうした春闘の妥結結果を受け、個別企業の賃金改定が進められ、正社員の月給は2%程度の上昇率となってきた。ただ、長引く円安の影響もあって、インフレ率は、政府の一連のエネルギー補助金があってもなお、3%程度で推移している。つまり、実質賃金の下落は、賃上げが進んだ後の今もなお、止まっていないのである。現在の高めのインフレ率を受け、来年の春闘でも高めの賃上げが実現するとは見られるが、それまでの間、多くの人の実質賃金は減り続けることとなりそうである。

ここで懸念されるのは、実質購買力の低下による個人消費の腰折れリスクだろう。90年代末以降の日本では、値上げした途端に家計が支出を抑制し、企業はそれ以上の値上げを断念したり、値下げに転じざるを得なくなったり、というのが常だった。足下では、消費者センチメントが若干悪化する様子も見られる。低所得層にとっては厳しい事態となってきたのだろう。ただ、家計全体としては、経済再開が始まってから1年にも満たないため、コロナ下で積み上がった貯蓄がまだ潤沢にある。それ故、ペントアップ需要に支えられた消費の回復は、米国のように力強くとは到底いえないものの、どうにか緩慢なペースで続くのではないか。需要は落ちず、まだ当分は値上げが続くのだと思われる。
【クロワッサン】

いつまでも失速しない米国経済
2023/09/26
大幅な利上げを繰り返してきたにもかかわらず、米経済がなかなか冷えない。長引く物価高でも、家計の支出は底堅く、設備投資も堅調を保っているのである。企業の景況感を示すPMIは9月も、製造業こそ僅かな減速を示唆する結果となったが、非製造業は未だ「拡大」の局面に留まっていた。

予想外に利上げの「効きが悪い」理由は、3点考えられる。一つは、中央銀行が長期金利を大量に購入していた後遺症で、政策金利を引き上げても、長期金利があまり上昇しなかったこと。二つ目は、コロナ下のみならず経済再開後も大規模財政が実施され、金融引き締め効果が働きにくくなったこと。三つ目は、長引くインフレでインフレ期待が押し上げられ、実質金利の上昇を抑制したこと、である。このうち、長期金利は緩やかではあるが、ようやく上がり始めてきた。また、財政の効果も徐々に減衰することになる。年末までには免除されていた学資ローンの支払いも始まるだろう。したがって、金融システムの安定にも配慮したいFRBとしては、これ以上の利上げは行わず、極めて高い水準となっている政策金利を維持することで、景気過熱を押さえ、インフレを抑制したいところである。

ただ、この戦略の問題は、インフレ抑制が長期戦となることで、インフレ期待がますます上がる恐れがあることだ。インフレ期待が上がれば、実質金利は再び抑制され、それが金融引き締めの効果を減じることになる。インフレが落ち着き、FRBが利下げに減じることが可能となるのは、まだ相当先の話になりそうである。
【クロワッサン】

物価対策?
2023/09/12
ガソリン補助金がまたしても延長された。それも増額した上での延長である。9月に半減した後で10月に廃止されるはずだった電気代・ガス代の補助金も延長が決まりそうである。これらの補助金の効果で、現在の物価は1%強押し下げられており、当初はその効果が10月にはゼロになるはずだった。しかし、いずれも延長され、10月以降も1%弱の押し下げ効果が残りそうである。

とはいえ、言うまでもなく、財政資金でエネルギーの小売価格を押し下げる政策は、目先の価格を押し下げはするものの、中長期的には物価を押し上げる政策である。家計にお金を配り、消費を下支えすることで、企業の値上げを後押しし、中長期的なインフレ期待を押し上げる。だからこそ、財政による物価高対策は、一時しのぎの政策とされているのである。ロシアのウクライナ侵攻によって、世界で最も深刻なエネルギー高に直面した欧州各国も、財政による物価高対策を実施したが、今はその規模を縮小し、正攻法である中央銀行の利上げが推し進められている。そもそも日本のエネルギー高の主因は、自国の中央銀行による金融緩和が招いた通貨安である。日銀はインフレを押し上げるためにあえて金融緩和を続けているのだが、物価を抑制したいはずの政府までもが、インフレの基調を押し上げる政策を続けるのは、果たして整合性がとれているというべきか、本末転倒というべきなのか。
【クロワッサン】

欧米景気は減速でもインフレは長期化か
2023/08/23
先進国の景気が緩やかに減速している。コロナが収束し、財からサービスへと世界的に需要が回帰しているため、製造業の需要は元々減退していたのだが、このところ欧米では、大きく回復していたサービスの需要にも幾分陰りが見られるようになってきた。製造業の不振が波及してきたこともあるが、それだけではなく、回復の長期化によって、コロナで積み上がったペントアップ需要が徐々に解消されてきた、ということもあるのだろう。

もっとも、現状程度の減速で、インフレが十分に沈静化するのか、未だ予断を許さない。インフレを長引かせている原因はいくつかある。まず、コロナショックを経て、米国では高齢者の労働参加率が低下、欧州では労働時間が短くなっており、経済の天井が下がってしまった。それにより、同じ需要水準でもインフレが上がりやすくなっているのである。また、先進各国でコロナ対応の大規模財政が行われたことが、総需要を刺激し、インフレ圧力を長引かせている。米国は、インフレ抑制のために大幅な利上げを行ったが、財政支出の規模も他の先進国以上に大規模であり、利上げの効果が減殺されている。後者は、財政の効果が剥落していくにつれ、金融引き締めの効果が前面に現れてくるのだと思われるが、それでも、インフレ抑制が進まないとすれば、インフレ期待の上昇が疑われる。長引くインフレがインフレ期待を押し上げ、結果的に、実質金利がさほど高くないと人々が感じるようになり、それが利上げの効果を減じるということである。これは既に起こっている可能性もある。

インフレ低下を阻む理由は他にもあり、欧米の中央銀行がインフレ沈静化に確証を持てる日は当分こないだろう。ただ、欧米、特に米国の金利水準はかなり高く、これ以上の利上げを行った場合、商業用不動産など経済の脆弱な部分に大きな負荷がかかり、金融システムが動揺することもあり得る。より大きなリスクを避けるため、欧米の中央銀行は高めのインフレが長引くリスクに目をつむり、利上げを止めるのではないか。現在の金利水準を維持することで、緩やかに景気減速とインフレ低下を促す穏便な手法をとるのだと思われる。ただ、その代償として、高めのインフレはより長引く可能性がある。
【クロワッサン】

日本でも遅ればせながら消費が持ち直しへ
2023/08/08
世界各国で、需要が財からサービスへと回帰している。コロナ禍では、旅行や外食などのサービス消費が抑制されたが、ITデジタル機器や家電・家具などの耐久財は大きく盛り上がっていた。そして、感染への警戒が薄れると、抑圧されていたサービス需要が大きく持ち直す一方で、需要を先食いする形となった財需要が減少している、というのが世界の構図である。

ただ、足下では物価高も進んでいる。米国や欧州では物価と共に賃金も大幅に増加したため、実質購買力はそこまで減らなかった。そのため、コロナの際の財政支援で貯蓄が積み上がっていたことも支えとなり、サービスと財の消費を合計すれば、堅調な推移が続いているのである。しかし日本では、感染への警戒がなかなか薄れなかった上、人々が「値段が上がる」ことに慣れていなかったため、消費の低迷が長引くこととなった。財消費が減る一方で、サービス消費はあまり増えず、実質消費の合計が減ってしまったのである。もっとも、こうした状況は足下で変わりつつある。感染への警戒感は年明けから急速に緩む傾向にある。所得面では、春闘で20年以上見られなかった大幅な賃上げが妥結され、それを受けて、実際の月給が徐々に引き上げられている。6月にはボーナスの増加も見られた。6月の家計調査では、前月比ベースでは実質消費の拡大が見られたが、日本でもようやく遅れに遅れた消費の持ち直しが始まってきた様子である。
【クロワッサン】

ユーロ圏のインフレ抑制も道半ば
2023/07/26
ユーロ圏に高インフレをもたらしたのは、ロシアのウクライナ侵攻に起因するエネルギー価格の異常な高騰だった。しかしエネルギー高が収束した今もなお、ユーロ圏のインフレ率は中銀目標の2%を大きく上回り続けている。

米国で2021年春にインフレが加速した際、FRBは供給ショックによる一時的なインフレと判断し、景気の悪化を恐れて利上げが後手に回った。それが、今もなお続く高インフレにつながったことは、記憶に新しい。同様に、エネルギー高に見舞われた昨夏、ユーロ圏では実体経済への悪影響が強く懸念され、ECBは利上げに慎重になり、各国政府は物価高対策として財政支出を次々と打ち出した。当時、ユーロ圏では、ペントアップ需要に支えられた景気回復が続いていたのだが、そこに、先々の景気の悪化を恐れて金融引き締めの遅れと財政政策の拡大が加わったことで、国内要因によるインフレが広がることとなってしまったのである。それでも、ユーロ圏は、米国ほどの景気過熱までは引き起こさなかったのだが、あいにく大陸欧州は労組の交渉力が強いため、いったんインフレが上がると、労働者の実質賃金を補填すべく、賃上げが広がるという慣行があった。その結果、ユーロ圏でも、米国同様、サービス主導のインフレの収束を沈静化させるのが難しくなってしまったのである。欧州景気には減速の兆候も現れてきたが、ECBは今後も利上げを模索せざるを得ないのかもしれない。
【クロワッサン】

ゼロインフレを脱した日本
2023/07/12
日本でも物価上昇が収まらない。元凶だった輸入物価の高騰は昨秋をピークに沈静してきたのだが、輸入コストが小売段階の価格にまで波及するには、数ヶ月から1年以上のタイムラグがあるため、食料品などを中心に未だに財の値上げが続いている。もっともこれについては、輸入物価が再び上がらない限りは、早晩沈静化するだろう。問題はサービスの値上げが広がってきたことである。90年代後半以降、日本では、値上げは、「良くないこと」だという社会通念ができあがり、原油高のように誰の目にも明らかで不可抗力のコスト高以外は、販売価格に転嫁することが許されない風潮があった。自社の従業員の賃上げのために、値上げをするなどもってのほかだったのである。しかし足下では、人件費の高騰を理由とした値上げが当たり前のように行われるようになっている。さらに一歩踏み込み、将来の人手確保にかかるコストの増加を見越した価格設定も検討されるようになってきた。感染への警戒が薄れて日本でも経済再開が進んでいるため、サービスセクターの人手不足がこれから深刻化するのは明白であり、人材確保や自社の従業員の生産性を上げるための人的資本投資を行うためにコストがかかる。その資金を得るための値上げが検討されている、ということである。これは、四半世紀続いたゼロインフレを前提とした企業行動が崩れていることの証左の一つだろう。今次景気サイクルが終わった後も、日本としてはやや高めのインフレが持続する公算がいよいよ大きくなっているように見える。
【クロワッサン】

利下げへの高いハードル
2023/06/28
世界各地で高いインフレが続き、多く中央銀行が利上げを繰り返してきたが、ここにきて、いち早く利上げを始めた中南米や中東欧では、ようやく利下げへの政策転換が視野に入ってきた。高金利政策を続けたことで、インフレ率がようやく明確に下がってきたためである。ブラジルやチリ、ハンガリーなどは、今秋にも利上げを始めることができそうだ。

一方、先進国では、米国やユーロ圏が利上げの最終局面に入った様子である。もっとも、こちらは、利上げの打ち止めが見えてきただけであり、利下げに転じるまでには、まだ相当な道のりがありそうだ。というのも、米国やユーロ圏では、景気はほとんど減速しておらず、労働需給は未だに逼迫気味であり、インフレ率は中央銀行の目標である2%を大きく超えて、下げ渋っているためである。この先、雇用の悪化が明確化し、賃金上昇が十分に押さえられ、高インフレを2%近傍まで押さえ込めるのか、その確信は中央銀行自身にも持てないところだろう。それでも追加利上げに中銀が慎重になってきたのは、政策金利の水準がかなり上がっていることと、利上げの効果がタイムラグをもって実体経済に波及することから、景気が大きく悪化するリスクを避けたいとの思いからだろう。ただ、高インフレが長引き、労働需給が未だ逼迫する現状から、不況を避けつつインフレを大きく下げるのは、容易なことではない。高金利を続ければ、いずれは下がるとしても、時間がかかる。そして、高いインフレが長引くほど、インフレ期待は高まりやすくなり、インフレの粘着性は強まる。グローバルインフレが沈静化し、先進各国でも利下げが始まるのは、まだ相当に先の話となりそうである。
【クロワッサン】

期待外れの中国、景気刺激策が出ても期待外れか
2023/06/14
コロナ禍を脱して経済再開が始まったはずの中国だが、人々の期待を裏切る回復の鈍さである。ペントアップ需要によってサービス消費は持ち直している様子なのだが、輸出が低調な製造業やバブル崩壊の調整が続く不動産業が、予想以上に冴えない。今年の中国政府のGDP成長率目標は前年比5%であり、この目標については、比較となる昨年がロックダウンで壊滅的だったため、達成できると見る向きが多いのだが、コロナ禍で悪化した雇用が十分に回復するだけの成長がもたらされるかどうかは、おぼつかない。雇用不安が長引けば、共産党体制への疑問が広がる危険が出てくるため、当局としては放置できない問題である。

そこで予想されるのが、景気対策である。7月下旬から8月上旬にかけて、北戴河会議と言われる共産党幹部や長老による非公開の会議が開かれるが、そこで景気対策の大枠が決まり、以後、随時実施されていくのではないかと予想される。ただ、その場合でも、過度な期待は禁物だろう。春から中国経済の回復は順調とは言いがたかったが、それでも景気対策は打ち出されてこなかった。それは、インフラ投資や積極的な金融緩和などの従来型の景気対策を実施すると、中国経済がコロナ前から抱えている地方政府や不動産業などの過剰債務の問題が悪化するリスクがあるからである。それゆえ習近平指導部は、発足当初から、過剰債務問題やそれがもたらす金融システムへの影響を鑑み、景気対策には消極的だった。指導部のそうした姿勢を考えると、景気対策が実施されたとしても、雇用の下支えに足る必要最低限のものにとどまり、中国経済が大きく回復するといったことはないのだろう。景気対策が打ち出されたとしても、中国経済には結局期待できない、ということである。
【クロワッサン】

インバウンド拡大もインフレ要因に
2023/05/16
インバウンド消費が予想以上の速さで回復している。日本の水際規制が概ね撤廃されたのは昨年10月上旬であり、それ以前のインバウンド消費はコロナ前を9割も下回っていたのだが、僅か半年後の今年3月にはコロナ前とほぼ同水準まで戻ってきた。日本への旅行客数が6割程度まで戻ったことも大きいが、何より、一人当たりの消費額がコロナ前より4割も増加している。一人当たりの消費額が増えている主な理由は二つある。一つは、海外旅行が抑制され続けていたため、財布の紐が緩んでいるということで、いわゆるペントアップ需要である。そしてもう一つは、円安である。各国の為替レートと物価上昇率から計算した実質ベースの円レートを見ると、コロナ前より2割も減価している。2013年以降の円安トレンドで、日本の財・サービスは、元々海外の人々には割安だったが、それが、さらに二割引になった、ということである。今後は経済が再開した中国からの訪日客も大きく増えると見られ、インバウンド消費の増加傾向は続くだろう。ただ、一つ懸念されるのは、日本側の供給制約である。諸外国と同様、日本でも、コロナ下で観光セクターは縮小しており、従業員も減少してしまった。足下、国内でも旅行需要が急速に増え始めていることを鑑みると、国内旅行とインバウンド需要の拡大ペースに見合うほど、観光業の供給体制を迅速に拡大するのは、容易ではない。需要の拡大に供給の拡大が追いつかない時、発生するのはインフレである。インバウンド消費もまた、日本のインフレを押し上げる方向に働きそうである。
【クロワッサン】

不況リスクもインフレリスクも高める金融不安
2023/04/12
今のところ、世界経済は概ね底堅い。欧州はエネルギー危機を回避して持ち直し、中国も経済再開が進んでいる。何より主要国はいずれもサービス需要が好調あるいは回復途上にある。ただ、ここ1ヶ月のSVB破綻に端を発する金融不安は、資金調達コストを押し上げており、銀行の融資条件の厳格化なども通じて、今後、実体経済を押し下げることになる。足下、懸念されるのは、商業用不動産からの資金流出だろう。商業用不動産は、コロナショックでリモートワークなどが増えたため、需要が切り下がっており、そこに大幅な利上げが追い打ちをかけた。欧米の中小銀行は不動産融資が多く、ユーロ圏は過去10年で不動産ファンドの規模が3倍以上に増えているため、商業用不動産から資金流出が加速すれば、経営問題に発展する金融機関は増えてくるだろう。

とはいえ、現時点では、米金融当局の預金保護や流動性供給などの迅速な対応もあって、金融市場の混乱はさほど広がっていない。利上げにブレーキがかかったことを好感し、米国の株価はむしろ上昇気味である。先進国で金融不安が起こると、真っ先に資金が逃げ出す新興国でも、今のところ異変は見られない。このまま先進国が金融不安の沈静化に成功する可能性もゼロではないだろう。ただ、その場合、欧米の実体経済は悪化が避けられることになり、中国の経済再開と共に、世界的なインフレ圧力は再び高まるおそれがある。今回の金融不安は、成長率を押し下げるだけでなく、高インフレが長引くリスクもはらんでいるのである。
【クロワッサン】

金融不安かインフレ懸念か
2023/03/29
米銀破綻をきっかけに、金融不安が広がっている。世界金融危機で教訓を得た米国の金融当局は、預金保護や流動性供給などの手厚い措置を、迅速に打ち出している。実体経済への悪影響が大きい金融システム危機を回避することは、最優先課題であり、これまでインフレ対応で利上げを繰り返してきたFRBやECBも、今後の利上げには慎重にならざるを得ない。いったん金融不安が生じた以上はやむを得ない対応である。

ただ、米銀破綻の引き金を引いたFRBの大幅利上げは、高く長引くインフレを抑制するためのものであり、その目的はまだ果たされていない。金融不安は、銀行の融資態度の厳格化や資金調達コストの上昇を通じて、利上げ同様、実体経済を抑制するが、それが、利上げ何回分に相当するのかは、現時点では誰にもわからない。金融システム危機はどんな手段を用いても回避しなければならない最悪のシナリオだが、それに成功した暁には、ただでさえ高いインフレがさらに加速していた、ということもあり得るのである。痛し痒しである。
【クロワッサン】

賃上げは一回限りで終わるのか
2023/03/15
集中回答日を16日に控え、春闘が大詰めを迎えている。今年は、労使交渉が終わる前から、大企業の経営者が相次いで大幅な賃上げを宣言する異例の事態が出来しており、90年代末以降で、最も高い賃上げ率が実現するのは間違いない、と見られているようである。これまでゼロインフレが続いていたため、大企業や中堅企業の正社員であれば、賃上げ(ベア)がゼロでも、昇進によって実質所得は多少なりとも増えるケースが多かった。このため、従業員も労組も賃上げを強く求めてはこなかったのだが、昨年来の物価高で実質所得が目減りし始めたため、賃上げ要求が活発化するようになり、それと同時に経営者側でも従業員の働く意欲の低下を懸念して、賃上げを自ら打ち出すようになったのである。

ここからの注目点は、大企業を中心とした今回の春闘の賃上げが、中小零細企業にも広がるのか、また、今年の一回限りで終わるのかどうか、といった点だろう。このところ日本でも、旅行や外食などのサービス消費が、遅ればせながら回復に向かっている。また、昨年10月の水際規制緩和以降、インバウンド消費が急激に増加しており、サービスへの需要は急速に持ち直しつつある。しかしその一方で、飲食業や宿泊業などコロナ禍で需要が激減していたセクターでは、従業員を大きく減らしており、需要の回復が進めば、人手不足が深刻化するのは避けられない。それがきっかけとなって、欧米ではサービスセクターの価格や賃金の上昇が加速するようになったが、日本でも程度の差はあれ、同様のことが起こるのではないか。大企業の賃上げは、自社の従業員の生産性を低下させないことが目的だったが、中小企業や非正規雇用の賃金は、人材獲得競争の激化によって引き上げられる、ということである。賃金上昇の裾野が広がれば、それは個人消費を下支えすることになり、企業が人件費などのコスト高を販売価格に転嫁する際の後押しにもなる。日本でも賃金とインフレ率の基調は緩やかに押し上げられ、インフレ期待が上昇し、それがまた次の賃上げにつながる可能性が出てきたように思われる。
【クロワッサン】

世界経済は偽りの夜明けか
2023/02/15
主要国経済に明るいニュースが増えてきた。冬場のエネルギー危機を回避した欧州経済はすでに昨年終盤から底入れの兆しが現れていたが、年明け以降も利上げを推し進めてきた米国経済がなかなか減速しないことが明らかになり、さらにはコロナ禍に翻弄されてきた中国経済が予想外に早く混乱を脱して急回復する兆しが現れてきた。昨秋頃までは、今年前半はグローバルリセッションに陥るとの懸念が強かったが、どうやら、予想以上に底堅い推移が続きそうである。

ただ、景気が底堅いということは、インフレ圧力が和らがないということでもある。コロナ禍では、深刻なボトルネックと財需要の急増という異常事態が出来し、それが財価格の異常な高騰を各国で引き起こした。それが引き金となり、賃金やサービス価格、インフレ期待の高騰へとつながっていった。コロナ禍が収まると共に、これらのインフレは急低下したのだが、賃金やサービス価格については、コロナ禍が下火になっても自動的に下がるものではない。景気減速やそれに伴う労働需給の緩和が不可欠であり、足下の景気の上振れはその実現を遅らせている、ということである。今回のインフレは、ある程度までは急低下するのだろうが、ひとたび財価格の調整が終わって、サービス価格や賃金に関わる調整にさしかかると、途端に下げ渋る恐れがある。結局のところ、目先の景気が堅調であるほど、インフレの沈静化を遅らせ、高金利政策の継続を通じて先々の景気が悪化するリスクが高まる。油断はまだまだ禁物である。
【クロワッサン】

ソフトランディングにたどり着けるか
2023/01/31
春先に比べると、世界経済を取り巻く環境は幾分、改善してきたように見える。まず、欧州では、懸念されていた冬場のエネルギー危機が回避され、景気が持ち直してきた。中国では、ゼロコロナ政策の大転換で感染爆発と大混乱が起こったが、足下ではどうにか下火になり、経済活動が回復に向かう兆しも現れている。世界的に問題になっていたインフレについても、コモディティ高の一服や供給制約の緩和によって財価格が下がり、沈静化に向かい始めた国が増えてきた。米国はその筆頭だろう。

しかし、世界経済がこのままソフトランディングできるかどうかは、まだ予断を許さない。欧米など先進各国では、景気減速が緩やかであることが、賃金インフレの沈静化を遅らせており、コロナ下で高騰した財価格の下落が一巡した後は、サービス価格の高止まりによって、インフレ率が下げ渋る可能性がある。中南米や中東欧など、先進国に先駆けて利上げを推し進めてきた新興国でも、インフレの問題はまだ解消されていない。一見、インフレ率が順調に下がっている国でも、その内実は、エネルギー補助金や間接税の引き下げの効果が大きい。また、過去の高インフレの経緯から、インフレ期待が下げ渋ったり、いったん上がったインフレ率に連動して賃金や公共料金が上がる仕組みがあったりする。要は、インフレが下がり始めたとはいえ、そのまま各国が目標とするインフレ率まで順調に低下し続けるのかは、まだ全くわからないということである。景気減速が緩やかであれば、それは、思ったよりもインフレが下がらず、高金利政策を続けざるを得ないということかもしれず、そうであれば、結局は、先々の景気が悪化することになる。
【クロワッサン】

中国は高成長となるのか
2023/01/18
12月上旬に、厳しい行動規制で知られるゼロコロナ政策を一気に緩和した中国では、感染爆発が起こった。その結果、行動規制の強化で経済が落ち込んだ10-11月に続き、12月も個人消費を中心に景気は冷え込みが続いた。一年のほとんどの時期で経済活動が麻痺していた2022年のGDP成長率は3%となったが、これはコロナ禍が始まった2020年を除くと、実に1976年以来の低成長である。

公式な集計はないものの、地下鉄利用者数などから判断すると、12月半ば頃から、大都市では新規感染がピークを徐々に越えたようであり、1月現在では、出勤や外出などの経済活動がかなり正常化している様子である。これから始まる春節休暇で帰省が増えれば、地方都市に感染が広がる可能性はあるが、2月あるいは3月には、中国全土で感染が下火になるのではないか。そうなれば、欧米で見られた消費の急回復が始まるとの期待は多い。また、中国政府は昨年12月以降、ゼロコロナ政策以外にも、不動産規制やIT業界への締め付けを和らげるなど、成長を支援する政策転換を進めており、これも景気回復を後押しすると見られる。とはいえ、最大の重石であったゼロコロナ政策を始めとする中国国内の政策を一転させても、それで高成長が始まるというほど、話は簡単ではない。中国の景気を支えてきた輸出はすでに減少に転じており、不動産セクターは若年人口の減少によってバブル崩壊の後遺症からなかなか立ち直れずにいる。2022年の経済活動があまりに低調だったため、その反動で2023年の成長率が高まるのは確かだろうが、たとえば6%を超えるような高い成長は、なかなか達成できないのではないか。期待しすぎは禁物である。
【クロワッサン】

値上げに賃上げも続くか
2022/12/28
春闘を巡る風向きが変わってきた。連合は、定昇込みで5%程度、ベアで3%程度となる賃上げ方針を掲げているが、当初は、いつもの努力目標に過ぎない、と軽視する向きが多かった。基本給全体の底上げを示すベアは、近年、多少上がってはきたものの、それでも0-0%台半ばだったからである。しかし、このところ、賃上げにかなり前向きな企業経営者の発言が散見され、3%を大きく超えるベアを掲げる企業まで現れてきた。海外経済も減速気味なのに、なぜこのような対応となるのだろうか。それは、上がらない賃金は、上がらない物価とセットであったからであり、後者が崩れてきたからである。

これまで日本では、経営者だけでなく、労組や労働者でさえ、雇用安定を重視し、賃上げを強くは求めてこなかった。しかし、物価上昇率が4%に迫れば、いくら雇用が維持されても、賃上げが行われない限り、生活水準は低下してしまう。実際、実質賃金は大幅な下落が続いており、これを受け、労組が賃上げに目の色を変え始めたのだろう。一部の大企業の経営者もこれに応え始めた、ということである。

値上げをすると、消費者が他社に逃げるため、これまで日本企業は消費者向けの販売価格をなかなか上げられなかったが、今回はこの慣行が崩れ、他社の値上げを見て、追随して値上げを行う企業が急増している。これと同様に、動かなかった賃金についても、早々に高い賃上げを決めた企業に倣い、賃上げに前向きになる企業が増える可能性はあるだろう。日本の労働市場は流動性に乏しいが、中小企業を中心に前向きな転職ももちろん行われており、優秀な人材を引き留めるためには、他社と遜色ない賃金が必要だからである。高インフレを賃金に反映させる機運が高まり、来春の交渉で、90年代前半以来の高い賃上げが実現する可能性は高まっているように思われる。
【クロワッサン】

ゼロコロナ政策の緩和で中国は回復するか
2022/12/14
厳しい行動規制で知られる中国のゼロコロナ政策の緩和が急速に進められている。きっかけは、社会生活や経済活動に大打撃を与えた同政策に、人々が不満を募らせ、各地で異例の抗議行動を繰り広げたことである。同政策が修正されれば、外食や旅行関連など対面サービスの需要が大きく持ち直すだけでなく、不確実性の軽減によって、民間投資も促されるだろう。景気の持ち直しに資するのは確かである。

とはいえ、中国経済の先行きはバラ色とはほど遠い。第一に、ゼロコロナ政策の緩和が順調に進むとは限らない。中国が同政策を実施していたのは、医療体制が脆弱で、ワクチン接種率が低く、ワクチンの効果そのものも疑問視されているからである。感染が劇的に広がったり、オミクロン株よりも毒性が強い変異株が発生すれば、再び軌道修正を迫られることもあり得る。第二に、同政策を緩和しても、中国で欧米ほどサービス需要が盛り上がるとは限らない。中国では、家計向けの大規模な財政支援が行われず、欧米ほど家計貯蓄が潤沢にあるわけではない。さらに雇用所得環境が大きく悪化しているため、貯蓄があってもすぐに使い切ろうとする人は限定的だろう。第三に、ゼロコロナ政策以外にも逆風がある。輸出が世界的な財需要の減退によって減少し始めており、不動産バブルの崩壊で、不動産セクターの調整も続いている。これらを勘案すると、ゼロコロナ政策の緩和に踏み出した中国経済は、持ち直しには向かうものの、高成長までは期待できず、回復の道のりは平坦ではないと予想される。変調を来す世界経済の救世主とは到底ならないだろう。
【クロワッサン】

欧州経済の低迷は長期化か
2022/11/23
ウクライナ戦争でロシアと対立する欧州は、ロシアにエネルギー供給を絞られている。今冬にはドイツなどでエネルギーの配給制を取らざるを得ないほど、供給が不足する、との見方もあった。しかし、ガスの貯蔵を急ピッチで進めたことや、秋の気候が常にないほど穏やかだったこともあり、冬場の供給はどうにか確保されそうである。エネルギー供給の不安は来年以降も続くと見られ、また、エネルギー価格は他国よりはまだ高騰し、それに伴い他の財・サービスの価格も上昇しているため、家計の消費が抑制され始めているが、当初懸念されたほどの大幅な景気の落ち込みは、避けられそうである。物価高対策として、政府が行っている大規模財政も景気を下支えするだろう。もっとも、景気があまり悪化しないということは、高いインフレが沈静化するペースが鈍るということでもある。ECBはインフレ抑制のために、政策金利を引き上げているが、これは総需要を抑制し、インフレを下げるためである。エネルギー供給不安が和らいで景気がさほど悪化しないのなら、ECBがさらに利上げを行うか、もしくは、景気を引き締める水準まで金利を引き上げた後で、その高い水準の金利を長い期間にわたって据え置かなければならない。目先のエネルギー供給不安が和らいだのは、社会厚生の上でも喜ばしいことではあるが、景気という観点では、深く短めの落ち込みとV字回復か、浅いが長い調整と緩慢な回復か、の選択だったということかもしれない。
【クロワッサン】

物価高は賃上げをもたらすか
2022/11/08
家計の実質購買力の下落が止まらない。物価上昇の影響を除いた実質賃金は、9月も前年比1.3%減少した。労働時間の増加によって、名目賃金は前年比2.1%と多少は増えてきたのだが、物価高の影響を相殺するには全く至っていない。

従来、日本企業は、どんなにコストが上がっても、小売価格の引き上げは極力回避し、利益や人件費を圧縮することで、対応してきた。そして労働者や労組は、値上げができない企業の事情をくみ取り、賃上げ要求を我慢してきた。日本の労働市場は硬直的で、転職は生涯賃金を下げる恐れがあるため、無理な賃上げを求めて自社が傾き、終身雇用が損なわれれば、結局自分自身が大きな損失を被るからである。それぞれの事情から、企業は値上げを、労働者は賃上げを我慢し、物価も賃金も上がらない、というのが日本の姿であった。

ところが、今回のコロナ禍では、あまりの輸入物価の上昇によって、欧米ほどではないにせよ、日本でも物価が上がってしまった。では、来年の春闘で、企業はどう動くのか。輸入物価の上昇は、当初は国際商品市況や世界的なボトルネックによって引き起こされていたのだが、最近では円安の影響の方が大きくなってきた。そしてその円安は、輸出企業を中心に製造業の業績を押し上げており、最高益をあげる企業も多い。つまり、円安による輸入インフレは、これまでのところ、家計にばかり痛みが偏る形となっている。これまで、物価が上がらないから賃金が上がらないことも我慢してきた家計・労働者としては、賃上げを求めたいところだろう。労組はもちろん、経済団体もそうした事情を鑑み、最近は物価高を理由とした賃上げの拡大を主張するようになっている。ただ、その一方で、足下では、各国の大幅な利上げの影響もあって、世界経済の雲行きが怪しくなってきた。業績の先行きが懸念されるという理由で、日本企業が賃上げを十分に進められないおそれもありそうだ。その場合には、実質購買力が低下した家計が消費を抑制し、そのことが結局は、企業にも悪影響をもたらすことになるだろう。
【クロワッサン】

インバウンド消費は景気の下支えになるか
2022/09/14
人々が外出を控えたコロナ禍では、巣ごもり消費の名の下に財消費が大きく拡大する一方で、外出の抑制によりサービス消費が激減した。しかし、ワクチン接種が広がり、変異もあって重症化リスクも低下した今、多くの国でサービス消費は通常以上に力強く拡大している。押さえつけられていた需要の顕在化、いわゆるペントアップ需要の発現がその原動力である。日本は高齢者が多いせいか、サービス消費の本格回復には未だにいたっていないのだが、ペントアップ需要による拡大が期待されるのは、内需だけではない。海外からの需要、いわゆるインバウンド消費にもペントアップ需要はあると考えられる。

これに関して、日本政府は、9月から10月にかけて、外国からの入国者数の制限緩和やビザ取得免除、個人旅行の解禁などを検討する方針と報じられている。コロナ前の2019年のインバウンド消費はGDP比1%弱にも上り、波及効果も鑑みれば、経済への影響は相応に大きかった。水際対策の緩和で入国者数が仮にコロナ前に戻れば、世界各国で利上げが広がる中、日本経済には大きな下支えとなりそうである。

では、インバウンド消費は本当に回復するのだろうか。実はかなりの追い風が吹いている。ペントアップ需要に加え、著しい円安と海外に比べれば破格に低いインフレ率がその中身である。安い国・ニッポンとしての魅力はコロナ前よりも増している。その一方で問題となり得るのが、中国のゼロコロナ政策だろう。感染を抑制するためには国内経済を犠牲にすることもいとわない中国は、水際対策も当然にして厳しく、そこが変わらなければ、日本側が緩和しても、中国人の入国が増えるとは限らない。同国からの入国は、時期にもよるが、2018年頃には全体の2-3割を占めていた。ただ、経済への影響があまりにも大きいため、中国のゼロコロナ政策は党大会の10月以降、緩和されるとの見方も多い。同政策の方針転換は、中国経済や同国への輸出のみならず、日本のインバウンド消費にも大きな影響を与えそうである。
【クロワッサン】

中国ロックダウン解除でも伸び悩む日本の輸出
2022/08/23
日本の輸出は今春のロックダウンによって打撃を受けた。中国それ自体の需要も減少したが、それ以上にダメージが大きかったのが、アップル社を始めグローバル企業の中国工場の稼働が停止し、それらの工場が調達していた日本製の部品や原料の需要が落ち込んだことだった。ロックダウンが解除され、中国内の生産さえ再開すれば、これらを中心に中国向け輸出、ひいては輸出全体が大きくリバウンドすると期待されていた。しかし、実際の持ち直しの動きは期待外れの冴えないものだった。

中国需要の回復が鈍い背景には、感染が発生した途端に経済活動が止まる恐れのあるゼロコロナ政策が続けられ、中国の民間企業が投資に消極的なことがある。また、地方政府の財政悪化で十分な景気対策を打てないことや、不動産セクターの不況が続いていること、なども足かせとなっている。それでも、厳しい行動規制が6月に解除されたため、中国経済は短期的にはリバウンドすると思われていたのだが、それすら起こらなかったのである。中国以外に目を向けたも、財からサービスへの世界的な需要シフトや、財需要を押さえる各国の利上げなど、世界の財需要を抑制する要因は多い。さらに欧州ではこのところ、ロシア問題でエネルギーの供給不安が非常に強まり、それが企業の設備投資を抑制し始めている。世界の製造業サイクルはいよいよ下降局面に入ってきた。日本の輸出は、中国のロックダウンで大きく減少した春先よりは緩慢ながらも持ち直してきたが、これが一巡すれば、再び回復が滞り、減少していきそうである。
【クロワッサン】

鮮明化する製造業の需要減退
2022/08/10
製造業の回復が世界的に滞ってきた。コロナ禍において製造業は、様々な問題に直面してきたが、足下では、需要の減退が最大の問題となりつつある。財からサービスへの需要シフトや物価高による実質購買力の低下、そして金利上昇が、財需要を抑制しているのである。

一方、コロナによる経済混乱が引き起こしたボトルネックの問題は、徐々に解消している。長らく不足していた半導体も、パソコン向けなど、モノによっては供給にだぶつきも出てきた。国内外の生産や物流の混乱によって、部品や部材あるいは完成品の仕入れが滞る事態が続いたため、米国などの一部企業は、輸入元に多重発注をかけていた。ボトルネックの解消が進んできた途端に、過剰在庫の問題が頻発するようになったのは、そうしたことも影響しているのだろう。

ボトルネックによるコスト高もピークを越えたようである。また、各国の金融引き締めで余剰マネーが絞られてきたこともあり、商品市況の高騰も幾分収まってきた。とはいえ、インフレが各国中銀の目標レンジ内まですぐに下がるということもないだろう。米国を始め長引く高インフレによって賃金加速やインフレ期待の上昇がすでに始まっている国は多い。それゆえ、インフレは簡単には収まらず、年内は欧米先進国も主要新興国も、大半が利上げを続けるのではないか。インフレの高止まりが続く中で景気後退に見舞われる国が、世界各地で増えていく可能性がある。
【クロワッサン】

景気減速でも利上げは継続
2022/07/26
好調だった先進国経済に陰りが見られる。7月の日米欧のPMIは、製造業もサービス業も低下していた。製造業については、ユーロ圏が拡大・縮小の分岐となる「50」を下回り、米国や日本も新規受注・輸出受注など需要動向を示す主要系列は「50」を割り込んだ。先進国の製造業はどうやら下降局面に入ってきたようだ。財からサービスへの需要シフトや資源高、人件費の上昇によるコスト高、金利上昇など、財需要を抑制する要因が重なっており、製造業の減速が始まるのは時間の問題であった。

ややサプライズだったのは、これまで好調だった米国のサービス業も50を割り込み、減速の兆候が現れてきたことである。金利上昇の影響がいよいよ現れてきたということだろう。これを受け、気の早い金融市場参加者の間では、FRBが早期に利上げを止める、あるいは利下げに転じるとの期待も浮上してきた。90年代後半以降、FRBは景気が減速すれば直ちに金融政策の修正を打ち出していたため、そうした期待が生まれるのも確かに無理はない。しかし、足下の状況は90年代後半から2020年までとは決定的に異なる。以前はインフレが中銀目標の2%を下回っていたが、現在は高インフレに見舞われ、インフレの基調を示すとされる刈り込み平均さえもが4%に達しているのである。人々は物価抑制を中央銀行に強く求めており、そうした状況でFRBが景気減速の兆候が出たからと言って、利上げの手を緩められるはずもない。先行き景気は一段と減速していく見通しだが、中銀の助けは期待できないだろう。スタグフレーション的状態を呈していくリスクも否定できない。
【クロワッサン】

世界的に製造業は減速へ
2022/07/06
世界各国で製造業循環の回復が滞っている。3月以降の停滞の主因であった中国のロックダウンは解除されたが、それにもかかわらず、6月のグローバル製造業PMIは52.2と、2020年8月以来の水準へと低下した。PMIは50を上回れば拡大、下回れば縮小を示す指標であり、現在の水準は、世界的な製造業循環が回復局面にとどまっていることを示している。しかし、その回復のペースは徐々に減速している、ということでもある。この背景には、コロナ禍で財に集中した需要のサービスへの再シフトや、高いインフレ率およびそれに対応した世界的な利上げによって、世界の財需要が徐々に抑制されていることがある。ロックダウンを脱した中国経済のリバウンドが当面は下支えとなりそうだが、基調としては、世界の製造業循環は徐々に下降していくとみられる。

製造業の回復ペースが先に鈍ってきたのは、新興国であり、先進国はこれまで、供給制約の緩和や旺盛な設備投資需要によって製造業も好調を保っていた。しかし、今年に入って利上げを進める国が増え、足下では先進国の製造業の回復も鈍ってきた。ただ、先進国と新興国の製造業がそろって減速しても、経済全般への影響は異なる。先進国経済は過熱気味のところが多いが、利上げを実施しても、主に抑制されるのは住宅投資や耐久財支出であり、サービスはあまり金利には反応しない。また、先進国は完成品を新興国から輸入していることも多く、その需要の減少は、先進国の生産の減少よりも新興国の輸出の減少を意味する。それ故、先進国の景気過熱はなかなか解消されず、したがって高インフレも長引き、利上げも続くリスクがある。そのことは、経済基盤が脆弱な新興国には、大きな重石となりそうである。とりわけ米国のFRBが利上げを続ければ、新興国では資本流出圧力が高まるため、通貨防衛のために、自国の景気がすでに悪化していても追加利上げを行わなければならない。製造業が世界的に減速していく中、新興国ではそれだけですまず、景気後退の様相を強めていきそうである。
【クロワッサン】

日本のインフレの持続性
2022/06/22
日本人は値上げを悪いことだと考える傾向がある。消費増税で、増税分より僅かに値上げ幅が大きければ便乗値上げと誹られる。量を減らせばステルス値上げと文句を言われ、コスト高で値上げをしても顧客は逃げる。そうした家計の行動に直面し、企業は値上げ回避に血道を上げてきた。値上げ回避のためには、コストを恒常的に押し上げる賃上げなどはもってのほかである。かくて、日本では、企業は値上げを我慢し、家計は賃上げを我慢する、という我慢の構図が、90年代後半から続いているのである。

足下ではこれが変わる兆しが見られる。値上げした商品を、家計がそのまま購入するようになったのである。とはいえ、黒田日銀総裁の発言が炎上したように、家計は値上げに寛容になったわけではない。むしろインフレへの嫌悪感は強まっているのだが、円安と商品市況高で輸入インフレが第二次オイルショック以来の上昇率となり、どこの店も値上げを始めているため、購入せざるを得なくなった、というだけのことである。日本に根付くゼロインフレ・ノルムとも言われる、「値段は変わらないもの、変わるべきではないもの」という規範が変わったわけではない。

では、輸入インフレが今後も継続し、物価高が続いた場合、新しい現実として、ゼロインフレ・ノルムは変わり、値上げが常態化することはあるのだろうか。おそらくその可能性は低いだろう。日本の家計が賃上げを求めない理由の一つは、値上げが広がらず、物価高によって実質購買力が損なわれることがなかったからである。値上げの常態化が社会的に容認されるには、やはり賃金上昇が実現することが不可欠となるだろう。今年の春闘の賃上げ率は2%台前半だったが、このうち1.7-1.8%程度は、年功序列的な賃金体系を維持するためのコスト(定期昇給分)であり、いわゆる賃金上昇に相当するベアは1%にも届かない。やはり日本のインフレの基調が高まっていくには、まだ相当な道のりがあるように思われる。
【クロワッサン】

ロックダウン解除でも前途多難
2022/06/07
中国経済は、大都市にもロックダウンが広がった3月から急激に悪化したが、4月半ばから感染が収束に向かったため、経済は5月頃に底をつけ、現在は最悪期を脱しつつある。上海のロックダウンは6月から解除され、政策当局も景気対策を強化する方針を示しているため、今後しばらくは、中国経済のリバウンドが続くだろう。

とはいえ、楽観できる話ばかりではない。中国政府は少しでも感染が広がれば、経済を犠牲にしてでも封じ込めを図る「ゼロコロナ政策」を続けている。経済活動が活発化すれば感染再燃のリスクが高まるため、それほど大規模な景気対策は実施できない。また、中国が、感染封じ込めと経済活動の活発化の両立に仮に成功したとしても、中国需要の回復は、世界の商品市況を一段と押し上げる可能性がある。その場合、目先の物価動向にインフレ期待が左右されやすい新興国を中心に、各国はさらなる利上げを迫られるだろう。日本銀行は、輸入インフレによる物価上昇に利上げで応じることに今のところ否定的だが、利上げが実施されなくても、賃金が伸び悩む日本において、商品市況高がインフレを押し上げるだけなら、景気は結局下押しされる。このところの世界経済の最大の重石は中国のロックダウンだったが、それが終わったからといって、順調な回復が戻ってくる、ということではない。
【クロワッサン】

暗雲が垂れ込める日本の輸出
2022/05/25
日本の輸出は、昨夏に大きく落ち込んだ。これは、デルタ株の流行で経済活動が麻痺した東南アジアからの部品供給が滞り、日本企業の国内での生産にも支障が出たためである。特に自動車は大幅な減産を迫られ、それが輸出の減少にもつながった。東南アジアの混乱さえ収束すれば、急ピッチで増産が進められ、輸出も増えると思われていたのだが、実際には、長引く半導体不足や国内のオミクロン株の流行も重石となり、回復のペースは年明け以降も緩慢なものにとどまっていた。そこに追い打ちをかけたのが、中国における感染再燃である。ゼロコロナ政策を続ける中国は、ロックダウンなどの厳しい行動規制を導入し、3月以降はそれが複数の大都市へと広がるに至った。ロックダウンの対象となった上海などの大都市には、電気機械や自動車などのグローバル企業の加工組み立て工場が数多く立地しており、それらの稼働が止まったことで、日本から中国への部品や機械・工業用原料などの出荷が激減しているのである。日本銀行が試算する実質輸出は、4月には前月比で6%も落ち込んでいた。

中国のロックダウンは、日本の中国向け輸出のみならず、中国からの日本の輸入にも悪影響を及ぼしている。中国製部品・部材の調達が停滞した結果、自動車メーカーは新たなボトルネックに直面し、4月以降、再び減産を強いられている。輸送用機器輸出は4月時点では辛うじて持ち堪えていたが、5月にはこの影響で減少しそうである。中国の感染者数それ自体は4月半ばにピークを越えたが、厳しい行動規制はまだ続いており、資材の輸送や従業員の移動も混乱し、正常化とはほど遠い。また、今回の混乱が収まっても、感染状況次第では、同様の事態が繰り返される恐れがある。こうした中国問題を脇においても、長期化するウクライナ危機やそれが助長する世界的なコモディティ高とインフレ加速、FRBを始めとする世界各国の利上げなど、世界経済の逆風は強い。日本の輸出の先行きには暗雲が垂れ込めている。
【クロワッサン】

日本の2%インフレは持続するのか
2022/05/10
今月20日に公表される4月のCPIはいよいよ2%の大台に乗りそうである。2%インフレが達成されるのなら、消費増税を除けば、2008年秋以来のこととなる。昨春から繰り返されてきた携帯電話通信料の値下げの影響の大部分が4月に剥落することが最大の理由だが、それだけではない。昨年後半から商品市況が高騰し、さらにその影響を円安が増幅して、ガソリンや電気代などのエネルギー価格が上昇してきたが、これに続いて、食料品の値上げが広まってきたのである。

1990年代半ば頃から、日本では値段が上がらないことが常態化していた。それ故、日本の家計は値上げに不慣れで、値上げに直面すると、購入を手控える傾向が非常に強い。このため、企業は原材料高でも、利益を犠牲にしたり、人件費をカットしたりすることで、値上げを極力避けようとする。しかし、今回は、昨年後半から国際商品市況が高騰する中で、ウクライナ危機まで勃発し、原材料高が収まる目処が立たなくなった。そうした状況を受け、一般の人々の間でも、「企業努力も限界であり、値上げはやむを得ない」との認識が、食料品に関しては広がってきた。そこで今を好機と捉え、食品の値上げを始める企業が増えているのである。

ただ、日本では米国などとは異なり、賃金があまり上がっていない。賃金が上がらずに、原材料価格の上昇だけでインフレが高まると、実質購買力が損なわれ、消費が抑制されるため、インフレは持続しない傾向がある。また、多くの人の賃金が上がらない状況では、コストの大半が人件費であるサービスの値上げは、飲食や宿泊といったごく一部のセクターを除けば、なかなか受け入れられないだろう。結局、値上げは食品やエネルギー以外にはあまり広がらず、インフレは2-3%までは上がるものの、その持続期間はせいぜい1年程度、といったところだろうか。そもそもウクライナ危機や中国のロックダウン、そして米国の連続利上げなど、世界経済には様々な逆風が吹いている。日本のインフレの大前提となる商品市況の高騰や円安も、いつまでも続くものではない。
【クロワッサン】

好調な米経済が、世界経済の後々の重石に
2022/04/26
ロシアのウクライナ侵攻は当初予想されていた以上に長期化し、3月から本格化した中国のロックダウンの終わりも見えない。コモディティ高も継続し、多くの国が高インフレに悩まされる。様々な逆風が吹き荒れる中、新興国では景気減速が鮮明化する国が増え、グローバル経済全体としても回復が滞ってきた。時間が経過すれば、これらのショックはいずれ減衰していくと見られるが、そのころには、各国で繰り返されるインフレ対応の利上げの悪影響が、今以上に大きくなってくるだろう。とりわけ、3月に始まった米国の利上げの影響が世界的に広がってくるのは、年後半からとなる。

米国の利上げで最も大きなダメージを受けるのは、米国自身よりむしろ新興国となるだろう。ドル金利が上昇すると、新興国では資本流出圧力が高まり、通貨安が進むためである。通貨安が輸入インフレを深刻化させ、新興国は景気を犠牲に利上げをせざるを得なくなる。また、通貨安は、新興国が抱えるドル債務の実質負担も増大させることにも繋がる。リーマンショック後、新興国の対外債務は拡大しており、後者の影響も無視し得ない。米経済は世界で最も頑健な部類に入り、足元の世界経済を下支えするのに大きく貢献しているが、米経済が好調であるが故に、米金利の上昇が続き、それが先々の世界経済を押し下げる。痛しかゆしである。
【クロワッサン】

ゼロコロナ政策が足枷となる中国経済
2022/04/12
中国経済がオミクロン株の流行によって大きな打撃を受けている。同国は昨年終盤から、政策の重心を構造改革から景気刺激へとシフトし、景気の重石となっていた不動産規制などを若干緩める一方で、インフラ投資などの景気対策を強化してきた。年明けからはその効果も現れ始めていたのだが、オミクロン株の感染が広がったため、ゼロコロナ政策に則り、厳しい経済規制を導入せざるを得なくなったのである。深?や長春に続いて、上海もロックダウンの対象となったが、感染が収束する目途は今もたっていない。ロックダウンによって、個人消費を中心に需要は激減し、物流や工場の操業も滞っており、サプライチェーンの問題にも発展しつつある。世界経済にも需給両面で悪影響が及び始めている。

重症化リスクが低い一方で感染力が強いオミクロン株を、行動規制によって完全に封じ込めるのは、経済的には合理性を欠く、中国内でも受け止められている。しかしそれでも、中国がゼロコロナ政策をウィズコロナ政策へと転換するのは、相当に難易度が高そうである。第一に、中国の医療体制は先進国に比べて相当に脆弱である。中国はこれまでの感染者数が少ない上、中国製ワクチンの予防効果に疑念が持たれ、ゼロコロナ政策を転換すれば、感染者数が爆発的に増える恐れがある。そうなれば、重症化率が低いとはいっても、中国の医療体制は直ちに崩壊するであろうし、相当な数の死者が出る恐れもあるだろう。これは、指導部人事の決まる共産党大会を控える中国政府が取れるリスクではない。第二に、中国はゼロコロナの方針を、習近平指導部のトップダウンで決定した。その後も、感染を先進国よりも抑えてきたことを、指導部の功績として喧伝してきた。それ故、方針転換は、指導部の面子を潰すことにつながる。結局、中国がゼロコロナ政策を転換できるのは、コロナの毒性が低下したと国際的に広く認められ、多くの国でエンデミックと認識され、さらにその上で、国内の党大会が終わった後、ということになるのだろうか。コロナ封じ込めにいち早く成功したとされる中国が、コロナ禍による経済へのダメージに最も長く苦しめられる可能性がある。
【クロワッサン】

新興国と欧州にスタグフレーション・リスク
2022/03/23
新型コロナウイルスは依然として世界各国で猛威を振るっているが、足下の主流であるオミクロン株は毒性が低いこともあり、大半の国では経済活動への影響は限定的となっている。ゼロコロナ政策を実施する中国と、国民の健康リスクへの許容度が極めて低い日本は、サービスなどの需要が落ち込んでいるが、これは例外的だ。世界経済全体としては、景気回復が再び復調し始めていた、というのが、2月中頃までの情勢であった。

しかし、ウクライナ危機で状況は変わった。ロシア経済は世界のGDPの2%弱だが、エネルギーや金属、穀類などの一大産出国である。ウクライナも一次産品の産出は多い。それ故、ロシアやウクライナからの供給不安からコモディティ高が進み、多くの国で既に上昇していたインフレ率が一段と押し上げられ始めている。先進国は、コロナ下での消費抑制で潤沢に積み上がった家計部門の貯蓄がバッファーとなり、インフレが上がっても景気回復が頓挫することはないだろう。また、実際のインフレはかなり上がっていても、インフレ期待はさほど上昇していないため、景気を犠牲にするほどの利上げを急ぐ必要はない。しかし、中南米などインフレ期待の安定していない国々では、事態はより深刻となる。インフレは加速し続け、これを食い止めるために、既に何度も繰り返してきた利上げをさらに進めなければならない。当然にして景気は犠牲になる。また、経済的結びつきが強く距離的にも近い欧州は、天然ガスなどの資源をロシアから直接輸入しているため、価格面でのショックが他地域より大きい。さらに、輸出・投資の減少、企業や家計のセンチメントの悪化等を通じ、数量面でも経済に悪影響が及ぶと見られる。新興国及び欧州において、高インフレ・低成長の組み合わせであるスタグフレーションのリスクが生じてきた。世界経済全体としても、再び回復が足踏みするのは避けられないだろう。
【クロワッサン】

またしても遅れる日本経済の回復
2022/02/22
欧米は昨年終盤、日本では1月半ばから、オミクロン株の感染が劇的に拡大したが、経済への影響はかなり異なったものとなっている。欧米各国では、ワクチンのブースター接種が進展していることやオミクロン株は重症化リスクが低いこともあり、総需要の落ち込みはさほど大きくはない。感染収束が遅れるドイツでさえ、需要は底堅く、2月に入ってサービスへの支出は急速に持ち直してきた様子である。

翻って日本では、相変わらず感染が再燃すると、需要が大きく落ち込む傾向がある。感染リスクを強く警戒する人が多い社会であるにも拘わらず、それに対応できる医療提供体制が未だに整備されていないため、感染拡大に対して経済活動を抑制せざるを得ないのである。1月の経済統計はまだほとんど公表されていないが、小売店や娯楽施設における人手や各種サーベイを見る限りでは、デルタ株に見舞われた昨夏に匹敵する需要の落ち込みが起こっている様子である。さらに、今回のオミクロン株では感染者数の数が激増したが、濃厚接触者の隔離などの対応を欧米とは異なり直近まで緩めなかったため、従業員の欠勤等が相次ぎ、ボトルネック問題が発生している。自動車メーカーが生産計画をたびたび下方修正しているのは、そのためだ。需要面、供給面のいずれからも打撃を受け、日本経済が1−3月期に再びマイナス成長となるリスクは高まっていると言わざるを得ない。
【クロワッサン】

英米に続きECBも利上げだが…
2022/02/09
英国や米国に続き、ユーロ圏も金融引き締めへと動き始めた。2月3日の記者会見でラガルドECB総裁は、年内の利上げを否定することを止め、労働市場が堅調なことや、価格上昇が広がってきたこと、インフレの上振れや高止まりが長引き、2次的波及が生じるリスクがあることに言及した。景気回復が続く中、エネルギー高が主因ではあるものの、インフレ率の高止まりが続いているため、コロナ対応で非常に緩和的になっている現在の金融環境の修正を始めたのだと考えられる。金融市場では、現在-0.5%の預金ファシリティー金利を、年内にせめてゼロまで引き上げようとしているのではないか、との観測が広がっている。

ただ、ユーロ圏の状況は、英国や米国とは似ているようで異なる。コロナ下では感染を恐れる人々が就業をためらうことや、保育園や介護施設などの休業、移民の流入の阻害などの理由で、労働供給がどこの国でも減少している。ただ、折あしくEUから離脱した英国や、需要が激減した2020年春に従業員の大量のレイオフを実施した米国では、その傾向が段違いに強い。両国では現在に至るまで、深刻な人手不足やそれに伴う様々な物流・生産・サービス供給の混乱が発生している。そしてそれが、コスト高や広範囲に及ぶ賃金上昇を引き起こし、インフレを加速させたのである。一方、ユーロ圏ではそれほど極端なことは起こっていない。失業率は史上最低水準まで下がってきたが、賃金上昇の広がりはまだ見られない。

こうしたインフレを取り巻く環境の差は、今後の金融政策運営にも影響してくるだろう。英米では、高インフレが長引きインフレ期待が不安定化する避けるため、インフレ抑制を最優先せざるを得ない。しかし、ユーロ圏はそこまでの切迫度がないため、必要に応じて立ち止まる余裕がある。景気下振れリスクが高まった際には、英米が利上げを続けざるを得ない一方で、ECBは手を止めてしばし利上げを中断すると考えられる。
【クロワッサン】

オミクロン株は日本の物価を押し上げるか
2022/01/25
日本のインフレが欧米に比べて低い原因の一つは、人手不足による混乱やボトルネックが広がっていないことである。コロナが初めて大々的に広がった2020年春、需要の落ち込みに直面した米企業は大量のレイオフを実施した。この解雇をきっかけに引退する人が予想外に多かったため、米国では需要の回復が進んだ今、求人を出しても人が集まらず、深刻な人手不足に見舞われている。建設や販売などの現場で人手が足りずに混乱が起こり、賃金上昇も広がっているため、様々なコストが大きく上がり、これがインフレを押し上げているのである。大陸欧州では大量解雇は行われず、米国ほど深刻な人手不足は起こっていないが、移民の流入が細ったことが様々な現場で労働力不足を齎し、ボトルネックの一因となった。日本はこれらの問題が限定的で、人手不足に起因するボトルネックがほとんど起こらなかったことが、欧米に比べてコストが抑制されている大きな原因となっていたのである。

しかし、今回のオミクロン株の流行で多少事態が変わってくるかもしれない。毒性が低いとはいえ、感染者数の絶対数が多いため、従業員の病欠や濃厚接触者の増加で業務が滞るのは避けられない。また、感染発生による保育所の休園が既に過去最多となっているが、施設の一時的なサービス停止によって、保育や介護などの負担が増え、就労が困難になる人が増えることも想像に難くない。感染が収束するまでの短期的な期間であるにせよ、労働供給が減少し、人件費を始め様々なコストが押し上げられるリスクがある。原油などの商品市況が上昇し、輸入コストが上がっていることを鑑みると、オミクロン株によるコスト高が決定打となって、日本の物価が多少なりとも押し上げられる可能性はありそうだ。
【クロワッサン】

時間をかけて進む日本の雇用調整
2022/01/11
欧米で猛威を振るうオミクロン株の感染が日本でも広がりつつある。ワクチン接種が進んだことや、社会や人々がコロナ慣れしたこともあり、経済活動が全面的にストップするような事態が繰り返されることは流石にないと思われるが、対面型のサービス業には、またしても大きな打撃が加わりそうである。こうしたセクターでは、緊急事態宣言やまん延防止措置が繰り返されるうちに、徐々に雇用が失われている。

世界的にコロナ危機が深刻なものとなった2020年春、日本の就業者数の落ち込みは、欧米先進国との比較や自国の経済の落ち込みとの比較では、驚くほど軽微であった。これは、コロナ前が深刻な人手不足だったため、企業が、需要が回復した際に求人難になることを先読みし、仕事が減っても従業員をできる限り維持しようと努めたためである。現時点の経済状況から判断すると、この読みは、大半のセクターにおいては正しかったようである。しかし、飲食店や宿泊などの旅行関連など対面型のサービス業に関しては、需要の戻りは予想以上に厳しいものとなり、時間の経過と共に体力も希望も潰え、フル稼働できずにいた従業員を手放す企業が増えている。これらのセクターの就業者は、2020年春よりも、現在の方が大きく減少している。

その結果、日本経済全体で見ると、経済活動が広範囲に麻痺した2020年春の就業者数と、そこからは持ち直しているはずの昨年終盤の就業者数がほぼ同じ、むしろ後者の方が少ない、という事態が起こっている。需要の戻りが鈍く、せっかく当初は持ちこたえた対面サービス業の雇用が失われているのは極めて残念な現実だ。ただ、日本経済全体として雇用の調整が緩やかかに進展したこと自体は、経済や社会の混乱を抑制する効果があった。これは、「悪いインフレ」の回避にも繋がっている。日本と対照的な例は米国である。2020年春に従業員を大量にレイオフした米国では、需要が回復した途端に、様々な業種・業態で人手不足による混乱が発生した。これにより、コストが至るところで跳ね上がり、インフレが加速しているのだが、日本ではこうした事態は回避されそうである。
【クロワッサン】

2022年は新興国には向かい風が吹く年に
2021/12/28
2022年は新興国への向かい風が強まりそうである。コロナ禍において、医療面でも経済面でも先進国より脆弱な新興国をこれまで支えてきたのは、彼らの主要な輸出先である中国の景気回復と、米国が極めて緩和的な金融政策を続けてきたことだった。しかし2022年半ば以降、これらは大きく変わり始めている。

まず、中国では、景気が急速に減速している。不動産抑制策や環境規制、教育産業やIT企業への政府介入、そして厳格なゼロコロナ対策が成長を押し下げているのである。これらの政策には、中長期的な経済成長や格差是正、大気汚染解消、健康損失の回避などに資する、という利点もある。しかし、習近平指導部の3期目続投を決める2022年秋が近づく中、いくら長期的に利があっても、目先の景気失速を容認することは政治的にできない。それ故、今後は景気対策が強化されるはずなのだが、景気刺激に最も即効性のある不動産の押し上げが封印されている上、北京五輪があるために個人消費への悪影響が大きいゼロコロナ政策も続けられる、となれば、中国経済の減速は簡単には覆りそうにない。中国向け輸出が伸び悩むと見られる新興国にはかなりのダメージだろう。もう一つの問題は、米国が2022年半ばにも利上げを開始する可能性が高いことだ。利上げを繰り返す新興国が増えているが、インフレはまだ鎮静化していない。米国が利上げを始めれば、新興国からの資本流出が始まり、通貨安となりやすく、これは輸入物価を押し上げて、インフレ圧力をさらに高める恐れがある。つまり、新興国は通貨安を回避するためにも、利上げを続けなければならないのである。これも景気には相当な重石である。

コロナ禍で消費ができずに家計貯蓄が積み上がった先進国では、よほど深刻な感染が再燃しない限り、消費主導の景気回復が続くだろう。しかし新興国は上述の逆風にさらされ、スタグフレーションに近い状態に陥る可能性が高まっている。予定調和的にすべてがうまく行くのなら、新興国経済の失速の兆候が表れたところで、世界的に金融市場が動揺し始め、それが実体経済に深刻な悪影響を与える前に、FRBが利上げを中断して事なきを得る…のかもしれない。しかし、中国の構造改革の行き過ぎや新興国発の金融市場の動揺によって、世界経済が大方の想定以上に減速するリスクも否定はできない。
【クロワッサン】

金融引き締めと中国の構造改革で世界経済の回復は鈍化
2021/12/15
先進国で金融政策の軌道修正が進んでいる。インフレ率の加速を受け、世界の金融環境に大きな影響を与える米国のFRBもテーパリングを開始し、来年半ばにも利上げを始めるとの見方が多い。米国でインフレ加速が深刻なのは、人手不足で物流などの混乱が収まらずボトルネックが頻発していることと、エネルギー価格の世界的な高騰が背景にある。前者は、コロナショックが襲来した昨春に企業が従業員を大量に解雇したことがそもそもの原因であり、解雇した人がそのまま引退したこともあって、今般の需要の回復を受けて企業が再び従業員を雇おうとしても人が集まらず、賃金ばかりが上がり続ける事態となっている。

インフレ期待が元々上がりやすい中南米や中欧・ロシアなどの新興国では、既に利上げが何度も繰り返されている。こうした引き締めの影響は、来年にかけて世界経済の成長ペースを抑制する要因になると見られる。これに追い打ちをかけるのが、中国である。中国は不動産対策や環境対策など、長期的な成長のために構造改革を実施しているが、この副作用で目先の成長ペースは急減速してきた。12月に入って成長をより重視すべく政策の軌道修正を打ち出したが、構造改革との両立が成功するかは今のところ不透明である。各国の引き締めと中国の減速により、来年の世界経済の回復ペースは今年より鈍化していくと見られる。
【クロワッサン】

日本経済の回復もようやく鮮明に
2021/11/09
デルタ株の流行した今夏、経済基盤や医療体制が脆弱な新興国は甚大な打撃を受けた。とりわけ感染拡大が深刻だったマレーシアやベトナムなど東南アジア諸国は、厳しい行動規制で感染を抑制することを余儀なくされ、サービス業のみならず、工場の操業も広範囲に制限された。この煽りを受けたのが日本の自動車メーカーである。半導体などの部品調達が滞り、サプライチェーンが寸断されたため、9−10月には最大手の生産が計画対比3割強下振れするなど、減産が広がる事態に陥った。デルタ株は日本においても猛威を振るい、緊急事態宣言が発令され、人々が外出を自粛したため、夏場のサービス消費は大きく落ち込んだのだが、それだけではなく、東南アジア発のサプライチェーン問題を引き起こし、秋の生産・輸出を落ち込ませることにも繋がったのだった。

こうした事態は急速に好転しつつある。まず、9月に入って日本国内での感染が収束したことで、消費の持ち直しが始まってきた。米国ほど劇的ではないものの、9月中頃から飲食・宿泊など対面型のサービス業のリバウンドが鮮明化している。また、東南アジアにおいても、感染が収束に向かっており、多くの工場等の操業が11月末までには概ね正常化すると見られている。これに伴い、日本のサプライチェーン問題も年内には大部分が解消するだろう。消費の改善とサプライチェーン問題の解消による輸出の持ち直しによって、10-12月期の日本の経済成長は久々にリバウンドが鮮明化する見通しである。
【クロワッサン】

グローバルインフレと例外の日本
2021/10/26
アジア圏を中心としたデルタ株の流行が下火になり、東南アジア発のグローバル・サプライチェーンの問題は改善に向かっている。しかし、依然として供給面の問題に悩まされる国は多い。半導体をはじめとする部材や部品の不足、輸送能力の逼迫など、原因は多岐に亘るが、米国で最近大きな問題となっているのは人手不足である。コロナが深刻化した昨春に多くの従業員が解雇されたが、そうした働き手が職場に戻ってこない。移民の流入が減ったことも事態を悪化させている。

外食や旅行のみならず、輸送や港湾、建設などの現場で人手不足が広がり、需要が拡大しても財やサービスの供給を拡大することが難しくなっている。その結果、価格ばかりが上がる事態となっている。これに拍車をかけるのが、緩和マネーが流入するコモディティ価格の高騰である。米国では高いインフレが長引き、インフレ期待も上昇し始めた。それ故、米連銀の利上げが前倒しとなるリスクを金融市場は織り込むようになっている。こうしたボトルネックとコモディティ高によるインフレ加速は、程度の差はあれ、世界各地で見られるのだが、日本は数少ない例外の一つである。日本が例外となっているのは、需要の戻りが鈍いことや、元々ゼロインフレ予想が強いこともあるのだが、これに加えて、コロナでも企業が従業員を手放さず、また、人々が働くのをやめて引退を選ばなかったことも影響している。コロナ前に比べて労働供給が減っていない。もちろん、円安やコモディティ高などの外的な圧力が続けば、いつかは日本のインフレも高まることになるのだろうが、現状程度の相場では、日銀の2%目標も夢のまた夢、となりそうである。
【クロワッサン】

不動産の締め付けが中国経済の下振れリスク
2021/09/21
多額の負債を抱える中国の不動産開発大手、中国恒大集団の経営問題が注目されている。最終的には当局の介入によって、金融市場の混乱は回避可能との見方が多いが、金融システムへの影響は限定的であっても、実体経済への影響はかなり大きくなるリスクもある。

中国当局は、コロナ危機下では経済の立て直しを最優先し、大規模な財政・金融政策を実施すると共に、構造改革を中断した。そして、経済の正常化が進むと、その軌道修正を始めたのだが、年明け以降は輸出の減速などで景気下振れリスクが高まったため、財政・金融政策については再び緩和方向に軌道修正されている。しかし、構造政策は、まだほとんどが継続中だ。その中でも最も修正が後回しとなりそうなのが、不動産バブル対策なのである。

不動産バブルは、過剰債務やシャドーバンキングと密接に関連し、放置すると金融システム問題につながりかねないと、習近平指導部は強く警戒している。また、住宅価格が高騰すると、格差拡大につながりやすい上、結婚の要件と言われる住宅取得ができない庶民の不満が募り、社会が不安定化するという中国ならではの事情もある。それ故、構造改革の観点からも、来秋の党大会に向けた人気取りのためにも、不動産バブル対策は必要な政策なのである。したがって、足下の中国恒大集団の問題については、社会的な影響に則って救済の是非が判断されるのだとしても、不動産業界全般への締め付けは変わらないということになる。これは年後半以降の中国経済を抑制する大きな要因となりそうである。

思い返せば、中国政府は今年3月の全人代で成長目標を「6%以上」に設定していた。コロナからの反発を考えると、相当に控えめな目標と言われていたが、これは、不確実性が大きいからだけでなく、成長よりも構造改革を優先することの表れだったのかもしれない。もちろん、当局としては雇用を大きく悪化させるほどの政策を実施するつもりはないのだろうが、微妙な匙加減が常に成功するとは限らない。
【クロワッサン】

基準改定の物価への影響は大きいが…
2021/08/11
コモディティ高の継続で新興国ではインフレが加速し、欧米でもサービス主導の物価上昇が始まったが、日本のCPIはゼロ近傍に張り付いている。現状でも異彩を放っているが、8月20日に実施される基準改定で一段と下がる公算が大きい。総務省によると、6月のCPIコア前年比は、現行の2015年基準では0.2%なのに対し、新しい2020年基準では-0.5%まで下がる。新基準が始まる7月分も同程度のマイナスとなりそうである。

日本のCPI統計は、基準年から時間が経過するほど実態から乖離するため、5年に1度、指数水準のリセットやウエイト、調査方法、計算方式の見直しが実施される。これらの結果、インフレ率は下方改定されることが多い。ただ、前回の2015年改定では0.1ppしか下がらなかったのに対し、今回の2020年改定の下げ幅は0.6pp強と、歴代最大級である。

この原因は携帯電話通信料だ。2020年改定では、通信量の多い利用者の料金が反映されやすいよう計算方法(モデル式)が改定されるが、2021年4月に大手各社が大幅値下げを実施したのは、まさにこの料金プランであった。この結果、基準改定によって、携帯電話通信料の下落率は、27.9%から38.5%へと10ポイント以上も拡大することになる。この影響をウエイト拡大など他の改定がさらに増幅し、携帯電話通信料によるCPI全体の押し下げ効果は、現在の0.5ポイント強から1ポイント強へと拡大することになってしまったのである。大幅値下げが1年早く実施されれば起こらなかった事態である。

本来、CPIの基準改定は、単なる統計のメンテナンスに過ぎないのだが、インフレ率の変動が小さい日本では大事になりやすい。日銀は2006年に量的緩和解除や利上げを実施したが、その直後の基準改定で、プラスだった物価がマイナスとなり、「判断が拙速だった」と今に至るまで叩かれ続ける原因となった。ただ、今回は、日銀に被害が及ぶことはなさそうである。現行基準でもインフレは目標の2%どころか、年内には1%にも届かないと見られており、日銀が金融政策を変更する余地は、元々なかったからである。
【クロワッサン】

世界の需要は財からサービスへ
2021/07/27
先進国を中心にワクチン接種が加速している。感染力の強い変異株など懸念は残るものの、接種の進展と共に行動規制が緩和され、外食や旅行などこれまで抑制されていた支出が増え始めている。コロナ下で財に極端に偏っていた支出がサービスへと戻り始めたのである。サービス主導で年後半は高成長となりそうな国は多い。とはいえ、すべての国が恩恵を受けるわけではないし、業種によっても大きく明暗は分かれるはずである。恩恵を受ける国は、ワクチン接種が進展し、大規模財政などで家計に潤沢な貯蓄があり、元々サービス支出が多いといった条件を満たす主に先進国であり、業種としては、これまで苦境に陥っていた対人サービスが反発する一方で、財への需要シフトに沸いていた製造業には向かい風が吹きそうである。

実際、ワクチン接種の進展が早かった米国では、財からサービスへの需要の巻き戻しが起こり、米国自身の成長率は高まったが、米国向けにマスクや防護服、家具やIT機器を出荷していた中国では、輸出が減り始めてきた。今後は、多くの先進国がサービス主導で高成長を実現する一方で、ワクチン接種が遅れる新興国は財輸出も抑制されることで、回復が滞るリスクがある。では、日本はどうか。日本の輸出も影響を受けないわけではないが、中国と比べると、日本は消費財よりも資本財や中間財の輸出が多い。コロナ下で中国ほど輸出が伸びなかった代わりに、現在は、各国で設備投資が回復してきたことを受け、資本財主導で輸出の増加が保たれている。設備投資の拡大は当面続くと見られるため、日本の輸出もまだ底堅い推移が続きそうである。日本は感染再燃で、東京への緊急事態宣言の再発令やオリンピックの無観客開催などの事態に追い込まれ、サービス支出は未だ冴えないが、ここ数ヶ月に亘り、ワクチン接種が急激に進展してきたことも事実である。欧米には遅れをとったが、日本経済も輸出が崩れないうちに、何とかサービス主導の回復が始まりそうである。
【クロワッサン】

始まったサービスへの需要シフト
2021/06/22
日本の輸出数量は、昨春に激減した後、急激に回復し、昨秋には既にコロナ前を超える水準に達していた。この原因の一つは、感染抑制のために外食や旅行などのサービス支出が制限され、サービスから財からの需要シフトが世界的に起こったことである。しかし、足元では、ワクチン接種が進展する国が徐々に増えており、需要が財からサービスへと再シフトする動きが始まりつつある。ワクチン接種で先行する米国では、これまで非常に好調だった小売売上高がピークアウトする兆しも現れてきた。ワクチン接種率が50%を超えるに至り、人々が手持ちのお金を、財よりサービスへと振り向けるようになってきたのだろう。米国では、人々が巣籠消費を余儀なくされていた春先までに、耐久財への支出が大幅に拡大し、将来の需要をかなり先食いしていたと見られ、調整が起こる可能性もある。こうした動きは、少なくとも先進国では遅かれ早かれ広がるだろう。今回のコロナ禍において、世界的に製造業は非製造業に比べてかなり堅調であり、日本を含め世界各国で財の輸出は好調だった。しかしこれからは、世界経済の本格回復とは裏腹に、製造業および財の輸出の回復は鈍ってくる可能性がある。サービスへの需要シフトの程度によっては、減少するリスクもあるかもしれない。
【クロワッサン】

中国と米国のインフレ事情
2021/05/19
米国では需要の急回復に供給拡大が追い付かず、このところインフレが急加速している。しかし、コロナ禍をいち早く脱した中国では、そうした事態は起こっておらず、これからも起こりそうにはない。米国と中国、何が違うのか。まず、供給面では、米国は物流などに混乱が残り、人手不足にも悩まされるが、中国では、早期に感染を封じ込めたため、基本的にはそうした問題が起こっていない。世界的な半導体不足で自動車生産には悪影響が及んでいるが、そうしたボトルネックは中国では例外的である。また、失業給付を大幅に上乗せした米国と異なり、中国では失業保険の支給要件が厳しく、コロナ禍でも受給できた人が少ないため、失職した人の就業意欲は強く、労働供給が不足する事態も起こらなかった。一方、需要面では、中国では、先進国で一般的に行われた家計向けの現金給付を始めとする所得移転が乏しかった。それ故、コロナを封じ込めても、資金がないため、中国では消費の劇的な増加は起こらなかったのである。日米欧では、巨額の現金給付と長引く消費低迷で、家計に貯蓄が積み上がっており、これがワクチン普及をきっかけに、消費を急増させると予想されている。米国では実際にそれが起こりつつある。しかし、軍資金の乏しい中国の家計は、ワクチンが普及しても、サービス消費を先進国ほど劇的に増やすことはないのだろう。供給に問題がなく、需要の一時的な激増が予想されないため、中国は今後も米国のようなインフレの急加速は予想されない。
【クロワッサン】

3度目の緊急事態宣言でマイナス成長が継続
2021/04/28
3度目の緊急事態宣言が4都府県に発令された。2度目の緊急事態宣言は、飲食店の営業時間の制限を中心とした措置だったが、今回は酒類を提供する飲食店の休業要請に加えて、必需品を除く大型商業施設の休業やイベントの無観客開催なども要請され、より厳しい内容となっている。2度目の宣言で感染が終息していれば、日本経済は4-6月には大きくリバウンドすると期待されていたのだが、残念ながら2四半期連続のマイナス成長となる可能性が高そうである。

とはいえ、昨春に発令された1度目の緊急事態宣言の再来、とはなりそうにない。当時は未知のウイルスを恐れて人々が自主的に外出や人混みを避けたが、現在はコロナ慣れやコロナ疲れから、人出は簡単には減らなくなった。3度目の宣言直後の週末には、対象地域の周辺にある繁華街に人が溢れたほどである。従って、個人消費の落ち込みも当時ほどにはならない。また、遅れが目立つとはいえ、日本でもワクチン接種が始まっており、将来の見通しが全く立たない状況ではなくなった。それ故、緊急事態宣言が繰り返されても、成長期待の低下から設備投資などへの支出が抑制されるといった事態は、今回は起こりそうにない。海外に目を向けても、財への支出が伸びており、日本の輸出は堅調に推移している。この点も昨春とは大きく異なる。これらを鑑みるに、4−6月がマイナス成長になったとしても、大幅な落ち込みとはならず、年率マイナス1-2%といったところだろう。ただ、変異株の広がりや人出の多さから判断すると、緊急事態宣言そのものは、5月11日よりも長引く可能性が高そうだ。経済への悪影響を懸念して政治判断で予定通りに解除する可能性はないとは言えないが、その場合には、蔓延防止措置などを用いて同様の経済活動の規制を続けざるを得ないことになる。そうなれば、経済への影響は結局のところあまり変わらないのかもしれない。
【クロワッサン】

米国に対峙する中国の経済安全保障
2021/04/14
米国は4月8日、中国のスパコン開発など先端産業に関連する企業・研究機関など7社に、事実上の禁輸措置を発動すると発表した。トランプ政権からバイデン政権に代わって、米国は関税引き上げに拘ることを止めたが、中国の先端技術に対する攻撃は変わらない。むしろ、人権問題を始め対中姿勢を硬化させている分野も多い。米中の経済関係は緊密なため、両国とも全面的な冷戦状態は避けると見られるが、軍事利用が可能な先端産業や台湾問題、人権問題など、特定の分野では厳しい対立が続くということだろう。

中国はこれに対して、どのように応じていくのか。中央経済工作会議や全人代を経て、明らかになってきたのは、先端産業は中国内で完結できるよう開発を続ける、という方針である。半導体などITデジタル関連を始め、先端産業に欠かせない技術の開発に中国政府は支援を惜しまない。また、経済と安全保障を一体化して考える中国は、米国同様、自国から軍事利用可能な先端技術が流出することを防ごうともするだろう。たとえば、先般成立した輸出管理法によって、日本企業が中国で開発したものが輸出できないといった事態も、今後は発生するようになるかもしれない。経済・金融の対外開放については、これまで通り促進するが、これには、他国が輸出入を通じて中国に依存するよう仕向ける狙いもある。その一方で、中国自身は必要とするものを国内で賄えるよう供給能力を高め、経済安保の点で優位に立つ。つまり、他国は輸出先としての中国市場を失えず、また中国製品の輸入が不可欠なため、中国からの制裁が致命的となるが、中国は他国から制裁を受けても打撃を受けない、といった関係を作り上げることを目指しているようである。

日本においては、全面的にではないものの、米中対立によって局所的に打撃を受ける取引・企業が出てくるのだろう。米中対立の文脈で、日本企業はこれまで、先端産業に関わる分野において、中国との取引が槍玉にあげられ、米国から取引停止などの制裁を受けるリスクがあった。今後は中国からも同様の攻撃を受ける可能性がある。
【クロワッサン】

転換点を迎える新興国の経済政策
2021/03/23
新興国の経済政策が転換点にある。ブラジルは約6年ぶり、ロシアは2年3ヶ月ぶりに利上げを実施した。いずれもインフレ率が加速しつつあり、両中銀は金融政策の正常化や中立的な金融政策への復帰を進めるとしている。インフレが高まった背景には、コモディティ高や自国通貨安による輸入物価の上昇がある。インフレ期待が不安定な新興国は、一時的なインフレ加速でもインフレ期待が高進し、持続的なインフレに繋がりかねず、資本流出による通貨安やそれによる輸入物価の上昇を放置できない。それ故、ブラジルやロシアは年始から危機対応のマクロ安定化政策の軌道修正を議論してきたが、そうした動きが急加速してきた。

新興国の為替相場やインフレ率の動きには、今のところばらつきがある。ブラジルは、新型コロナ変異種の感染拡大やそれに伴う財政赤字の一段の膨張懸念、さらにはボルソナロ大統領のペトロブラスへの干渉などが通貨レアルの売り材料となっており、新興国の中でも資本流出に脆弱な国ではあった。とはいえ、マクロ安定化政策の軌道修正を急がざるを得なくなった最大の環境変化は、米国の長期金利の上昇とそれに伴うドル高傾向であり、この影響は他の新興国も逃れられない。ブラジルやロシアの政策転換は例外ではなく、始まりに過ぎないといえる。

ただ、米金利の上昇で新興国の金融市場が大きく動揺し、資産価格が世界的に調整することになれば、新興国のみならず、米国の景気回復も阻害されるリスクがある。そうなれば、FEDはハト派的なメッセージを繰り返して沈静化を図らざるを得ないだろう。大規模財政もあり、金融市場では米国のインフレ懸念が広がるが、労働市場の改善が鈍く、賃金上昇圧力がほぼないことを鑑みると、実際には持続的なインフレに繋がるリスクは大きくはないように見える。FEDはインフレより景気を優先し続けるだろう。新興国ショックが米国自身に跳ね返り、金融市場に配慮してFEDがハト派スタンスを強めるなら、市場に安心感を齎し、むしろ短期的には資産価格のさらなる上昇に繋がる可能性もある。
【クロワッサン】

緊急事態再発令でも悪化しなかった日本の雇用
2021/03/10
年明け早々、緊急事態宣言が再発令されたが、日本の雇用は予想以上に悪化していない。1月の失業率も2.9%とむしろ前月から0.1ポイント改善した。2%台前半だったコロナ前を上回るとはいえ、世界的に見れば非常に低い水準である。欧米では、困難な就職環境や感染リスクを鑑み、労働参加率が大きく低下し、これが失業率の上昇を抑える一因となったが、日本においては、労働力率も既にコロナ前の水準に既に戻っている。

就業者数についても、飲食・宿泊サービスなど、悪影響が及んでいるセクターはあるものの、全体としては小幅ながらも増加している。緊急事態宣言はまだ全面解除に至っていないとはいえ、2月中頃には感染拡大が下火になり、人々の外出も増え始めている。それ故、2月の雇用が改めて急減することもないだろう。今回の緊急事態宣言は、少なくとも雇用の「総量」に関しては、悪影響は限定的だったと言えそうである。

ただし、感染再燃を受けて、雇用形態による格差は再び拡大している。コロナ禍が始まって以来、正社員は減少する月がほとんどなかったが、非正社員は昨春に大きく減少し、夏場も底這い状態が続いた。その後、昨秋から漸く緩慢に持ち直していたが、1月には再び減少し、昨年4月のボトムを僅かながらも下回ってしまった。対照的に、正規雇用は小幅ながらも増加し、今やコロナ前の水準をも上回る。全体の雇用の減少が小さいのは良いことだが、セーフティネットが薄く、経済基盤が脆弱な非正社員が雇用の調整弁とされ、痛みが集中している点は留意すべきである。
【クロワッサン】

新興国への追い風は徐々に止まるが…
2021/02/22
米国ではワクチン接種が始まり、年央にも集団免疫が獲得できるとの見方もある。バイデン新政権の下で大規模財政も実施される見通しであり、米経済は回復基調を強める公算が大きい。その一方で懸念されるのが、新興国の動向である。新興国はこれまで、米国を始めとする先進各国が緩和的な金融政策を実施していることや、資源多消費国である中国経済が巨額の財政政策に牽引されて回復していることから、大半の国が基調としては回復していた。しかし、この先は回復が鈍る国が現れてきそうである。

その原因の一つは、景気回復が軌道にのったと判断した中国当局が、財政・金融政策の大盤振る舞いを手仕舞いし始めていることである。中国がインフラ投資などの景気刺激策を縮小していけば、資源国などの対中輸出に影響が及ぶのは避けられない。また、中国以外の新興国でも財政・金融政策の軌道修正が始まりつつある。例えばブラジルは高失業と大きな負の需給ギャップに今も悩まされているが、コロナ禍で悪化した財政を放置し続ければ、いずれは資本流出や通貨安に繋がりかねないため、現金給付を打ち切るなど、財政健全化に徐々に向かっている。昨今の世界的なエネルギーや食料品の価格の持ち直しを受け、インフレ率も上がってきたため、歴史的な低水準にあった政策金利の見直しも検討せざるを得なくなってきた。そうした新興国は程度の差はあれ多数ある。今後、ワクチン接種が進む先進国で景気回復が本格化しても、財よりサービス中心の回復になる可能性が高いため、新興国への恩恵は限定的だろう。ただ、新興国を支える大きな要因の一つであった米国の金融緩和は長引きそうである。米国では昨年下落した反動もあり目先はインフレ率が高まる見通しだが、労働市場が低迷し、賃金上昇圧力が低いため、インフレ加速が持続する可能性は低いと見られる。FRBも景気下振れリスクを重視し、一時的なインフレ加速には目を瞑って緩和的な金融政策を続ける方針を示唆している。中国の景気対策を始め、様々な下支え要因がなくなりはするものの、新興国にとっての命綱はまだ切れないということだろう。
【クロワッサン】

緊急事態宣言再発令も、前回よりはマシ
2021/01/13
緊急事態宣言が再び発令された。当初は一都三県が対象だったが、感染の深刻化で大阪・兵庫・京都、愛知・岐阜にも発令され、それ以外の地域にも対象が広がる可能性がある。ウイルス封じ込めの難しい冬場ということもあり、緊急事態宣言の期間が政府の想定する1ヶ月より長引くとの見方も多い。ただ、仮に緊急事態宣言の対象が全国に広がり、期間が2ヶ月程度に延びたとしても、昨年4−6月期に比べれば経済の落ち込みは小さいと見られる。これは、外需が堅調なことが大きい。

4−5月に緊急事態宣言が発令された昨年4−6月期は、実質GDPが前期比8.3%も落ち込んだが、その4割に当たる3.1ポイントは外需の落ち込みによるものだった。昨春同様、今回も各国で感染拡大が深刻化しているが、今回はいずこも工場の操業を制限していない。中国経済が好調に推移していることも大きな違いであり、今回の緊急事態宣言期間においては、輸出や生産は堅調を保つと見られる。従って、設備投資への悪影響も比較的軽微にとどまるだろう。まだ時間がかかるとはいえ、ワクチン普及の見通しが立ってきたことも、前回との大きな違いである。先行きの展望があれば、企業は設備投資や雇用に手を付けずに短期的なショックを乗り切ろうとする。これらを勘案すると、1−3月期の経済の落ち込みは昨年4−6月期よりは小さく、さらに、感染が一旦収束した後のリバウンドは比較的速いと期待される。やや先に目を向ければ、米国で上院を民主党が僅差で制し、拡張財政が出やすい政治情勢となったことも、日本にとっては追い風である。懸念は尽きないが、すべてが暗いニュースというわけではない。
【クロワッサン】

感染再燃でも財輸出は堅調だが…
2020/12/23
冬の到来と共に、北半球で新型コロナウイルスの感染が再拡大したが、春の感染第1波とは異なり、世界貿易には深刻な悪影響が見られない。春先に激減した日本の輸出も持ち直しが続き、足元ではコロナ前の水準まで復帰してきた。春以降の推移を見ると、まずは、世界的に好調なリモート需要を追い風に電気機器輸出がいち早く回復し、これに続いて、落ち込みの激しかった自動車輸出も世界各国での販売の急回復と共にリバウンド、さらに夏頃からは、回復が遅れていた一般機械の持ち直しも鮮明化してきた。国別に見ても、中国、米国に続き、EU向けの輸出も、11月にはコロナ前の水準を上回っている。10月頃からは欧米などで感染が再燃したが、今のところは深刻な影響はなさそうである。これは、主要国では工場の操業を止めるほど厳しいロックダウンが行われていないことや、対面サービスから財へと需要がシフトしていること、また、春先と違って中国で感染が広がっていないため、サプライチェーンの問題が起こっていないこと、などが背景にある。これらの理由から、今後も財輸出への影響は限られ、輸出の増加傾向は続くと見られる。ただ、日本を含む先進各国では、サービスの需要の落ち込みは避けられない。その需要はすべて消失するのではなく一部は財に向かうが、それは必ずしも国産品とは限らない。コロナ下では、パソコンなどITデジタル関連や家具・家電など巣籠関連、マスクや防護服など防疫関連の財の需要が伸びるが、これらを主に生産するのは中国である。冬場の感染再燃も中国の一人勝ち状態を強めそうである。
【クロワッサン】

諸外国より低いが失業率はまだ上昇
2020/12/08
新型コロナウイルスの感染が広がった今年4−6月期の経済成長率は前年比-10.3%となり、そこから多少リバウンドした7−9月期も-5.7%とまだ落ち込みは深い。経済の悪化度合いは、日本以上に感染が拡大している欧米と遜色ない。しかし、雇用に関しては、日本は意外なほど悪化が見られない。コロナ前の失業率は2.5%だったが、10月時点でも3.1%と0.6ポイント上昇しただけである。日本企業は不況に見舞われた際、雇用カットよりも労働時間や賃金のカットで対応する傾向が強く、元々諸外国に比べて失業率は上がりにくい。しかし過去の日本の不況局面と比べても、今回は失業率の悪化が小さいようである。リーマンショック当時、失業率は3.6%から5.5%まで上昇していた。

今回の雇用調整が経済の落ち込みに比べて小さい最大の原因は、2014年頃から深刻な人手不足が続いていたことだろう。コロナ禍で売り上げが減っても、多くの企業は先行き人手が再び足りなくなることを見越し、労働時間や賃金の調整などを行いつつ、現在の需要減に耐えていると考えられる。また、そうした企業の取り組みを支えるのが、支給要件が緩く手厚い雇用調整助成金の特例措置である。有効性の高いワクチンの開発が進み、先行きに光が見えてきたこともあり、企業は今後も、あらゆる手段を用いて正社員の雇用維持を図ると見られる。

但し、目先は冬の到来で感染が再び広がっている。感染を恐れる人々が自主的に防衛的な行動を取り、サービスへの支出は再び抑制されるだろう。感染状況次第ではあるが、少なくとも11-12月の就業者数や求人数の改善は再び滞りそうである。また、失業率に関しては、目先の感染拡大以外にももう一つ悪化する要因がある。労働力率の上昇である。感染第1波が襲来した4-5月は、職探しの困難さや感染への恐れから、失業するとそのまま労働市場から退出する人も多く、失業率の上昇が控えめな一因となっていた。しかし、無収入の期間が長引くにつれ、職探しを再開する人は徐々に増え、労働力率は上昇している。労働力率は2月の62.3%から4月には61.4%へと0.9ポイントも急低下したが、10月は62.1%まで持ち直してきた。冬場の感染再燃で就業者数が仮に減らなかったとしても、労働力率が2月の水準まで回復するなら、失業率は3.5%程度まで上がる計算となる。失業率は、目先はまだ上がりそうである。
【クロワッサン】

中国は早くも政策転換を模索
2020/11/25
中国経済は、早期に国内感染が収束したことと、防疫用品やリモート関連財などのグローバル・サプライヤーであること、何より大規模な経済対策が追い風となり、コロナ禍からの立ち直りが主要国で最も速い。しかし、雇用吸収のためのなりふり構わぬ景気対策は、コロナ前から中国経済が抱える問題を悪化させてもいる。

習近平体制は発足以来、不動産バブル対策と過剰債務問題に取り組み、特に2019年には景気減速を甘受してまでシャドーバンクや地方政府を中心とした債務抑制を進めてきた。しかし、コロナ禍で政権の生命線である雇用が失われるリスクが高まったため、軌道修正を余儀なくされ、今春以降は、禁じ手としていた債務膨張を伴うインフラ投資や建設投資の拡大で景気を刺激してきた。その副作用で、不動産バブルや過剰債務などの問題が悪化し始めている。このため、景気回復が軌道に乗ってきた5月頃から、人民銀行は資金供給を抑えるなど政策の微調整を開始し、夏から足元にかけては、マネーマーケットでの調整に加え、不動産開発業者の債務規制や不動産取引規制の強化、オンライン小口融資事業の規制強化といった政策が増えている。日米欧など先進国では非常時対応の極めて緩和的な金融政策や財政出動が当分は続きそうだが、中国は一足先に政策転換が始まりつつある。
【クロワッサン】

北半球を再び覆うコロナ禍の影響
2020/11/10
世界経済は、新型コロナウイルス抑制のための経済活動の制限が欧米で緩和された5月に底入れし、現在も大半の国で持ち直しが続いている。当初の急速なリバウンドは一服したが、各国でサービス消費の低迷が続く中でも自動車などの財消費が回復していることや、景気対策で堅調に回復する中国経済が牽引役を担っている。

しかし、人口の多い北半球が冬を迎え、事態は再び変わりつつある。欧州はバカンスシーズンで人の移動が活発化した8月から新規感染が増えていたが、気温が低下した10月から感染拡大が深刻化し、10月末から11月初旬には、多くの国が外出制限や飲食・娯楽など商業施設の営業制限を全国レベルで打ち出すに至った。サービス需要の激減は不可避と見られ、欧州経済は再び大きく収縮する可能性が高い。今回のロックダウンでは工場の操業停止に踏み切る国はないが、外出機会が減れば財消費も抑制され、収益やセンチメントの悪化で企業も設備投資にさらに慎重になり、悪影響が広範囲に及ぶことは避けられない。また、米国も欧州に遅れて感染が急増しており、日本も欧米ほどではないものの感染が増えてきた。北半球の先進国はクリスマス商戦を前に予断を許さない状況に陥りつつある。ただ、中国については、感染がゼロに近いため、中国内需の激減や同国発のサプライチェーンの混乱といった問題は、今回は起こらないだろう。また、欧州の経済活動の制限は今春ほどには厳格ではない上、企業や家計はコロナ禍に多少順応し、社会的距離を取りつつも経済活動を続ける能力を備えつつある。また、そもそもサービスセクターは既に稼働水準が低く、制限されても縮小する余地が小さい。これらを鑑みると、冬場の感染拡大は、世界経済に悪影響を及ぼしはするものの、春先ほどの落ち込みには至らないだろう。
【クロワッサン】

米大統領選後に混乱のリスク
2020/10/28
米国の大統領選挙が目前に迫ってきた。現時点ではバイデン氏が優勢とされ、民主党が大統領・上院・下院を掌握する「トリプル・ブルー」の可能性もありそうだ。バイデン氏は法人税や富裕層の所得税の増税を掲げるが、それ以上に大規模な新型コロナウイルス対策は勿論、育児・教育・医療・インフラなど幅広い分野で歳出が増える公算が大きい。トリプル・ブルーなら、ネットで相当に財政は拡張的となる、ということである。とはいえ、郵便などによる早期投票は民主党支持に大きく偏っているものの、共和党支持者の方が投票日に直接投票所に赴く傾向があり、トランプ氏が逆転勝利することもまだ十分にあり得る。また、バイデン氏が勝利した場合でも、トランプ氏はそれに意義を唱える可能性が高い。2021年1月20日の就任式までの間のレームダック・セッション中もトランプ大統領は幅広い権限を有しており、何が起こるのか現時点では予測がつかない。トランプ氏は選挙前から郵便投票を始めとする選挙プロセスの脆弱性を槍玉にあげており、敗北すれば訴訟も辞さないと見られるが、大統領選挙の結果が接戦に近いほど混乱は大きくなるだろう。選挙後も不確実性が長引けば、財政出動が遅れるだけでなく、家計や企業のセンチメントが悪化し、消費や投資活動が萎縮する可能性がある。事態が深刻化すれば、米国経済の長期的な安定性と米ドルの優位性に関する疑義が生じ、国際金融市場が混乱するリスクがある。日本にとっても対岸の火事ではない。
【クロワッサン】

失業率はまだ上昇
2020/10/14
8月の失業率は3.0%と2017年5月以来の3%台となった。前月に比べると、就業者数は僅かながらも増加したのだが、職探しを始める人が増えたため、失業者数が増加し、失業率の悪化につながった。今回のコロナショックでは、仕事を見つけるのが難しいだけでなく、感染リスクがあるため、当初は失職しても職探しを見送る人が多かった。重症化リスクが高い高齢者や休校などで子育て負担が増した女性に特にそうした傾向が強かったと見られる。しかし、時間の経過と共に、生活のために職探しを始めざるを得ない人が増えてきたのだろう。就業の有無に拘わらず、就業意欲のある人が15歳以上人口に占める割合を「労働力率」というが、緊急事態宣言発動中の4−5月はこれが大きく下がっていた。仮に現在の就業者数のままで、労働力率が2月の水準に戻ると、失業率は3.5%まで跳ね上がる計算となる。今後も職探しを始める人が増えれば、失業率には押し上げ圧力がかかることになる。

企業の側もまだ余剰な雇用を抱えていると見られる。労働需要が大きく減るショックに見舞われた時、雇用者の数を減らすより、出勤日や残業を減らして労働時間を短縮して調整する企業が多い。実際、労働時間は今もなお前年比3%程度の大きな落ち込みを示している。ただ、人件費は固定的な部分も多く、労働時間を減らしても比例して企業の負担が減るわけではない。また、勤務時間や給与は通常通りでも、特に対面サービスにおいては、実際の業務は減ったというケースも多い。企業はコストを払って雇用を自社に抱え込んでいるのである。コロナショック前は人手不足だったことや、雇用調整助成金の特例措置などの政府支援で企業はなかなか雇用を手放そうとしないが、景気回復が加速しない限りは、労働供給・需要の両面の要因から、失業率の上昇は続きそうである。
【クロワッサン】

輸出は夏場にリバウンドしたが…
2020/09/18
世界各国で新型コロナウイルス抑制のために経済活動が制限されたことを受け、日本の輸出は3月から5月にかけて激減したが、2月中旬にロックダウンが解除された中国向けは4月から増加、5月から経済活動が段階的に再開された欧米向けは6月に底入れし、輸出全体でも6月から持ち直している。特に輸送用機器については、各国での自動車販売が4-6割減少した後、急反発したため、輸出も6月から急ピッチで持ち直してきた。

価格変動、季節性などを調整した実質ベースの輸出は、8月には前月比7.5%と3ヶ月連続で回復している。7月及び8月の水準は2020年2Qの平均を10.3%上回っており、3Qの実質輸出が高い伸びを示すのはほぼ間違いないように見える。ただし、2Qは前期比で17.7%もの落ち込みを示していたため、この程度のリバウンドであれば、まだまだ落ち込みは取り返せていない。実質輸出の水準は今も、コロナ禍に見舞われる前の2019年4Qの水準を7.8%も下回っている。財別に見ると、電気機器は半導体や電子部品などリモート需要の波及もあってコロナ前の水準に近づいてきたが、自動車など輸送用機器や、設備投資に使われる一般機械は、コロナ前を1割〜2割下回る水準に留まっている。

そうした中、足元では、各国において生産活動のリバウンドが早くも一巡する兆しが現れてきた。厳しいロックダウンで生産活動がストップした国では、その反動で生産の伸びが高まっていたのだが、それが一服し、頭打ちとなってきたのである。また、多くの国では経済活動の制限を緩めてから1ヶ月で感染が再燃したため、個人消費を始め最終需要の回復も鈍っている。さらに、こうした厳しい現実に直面すれば、設備投資を手控える企業も増えてくる可能性がある。これは、資本財のグローバル・サプライヤーである日本には大きな向かい風となるだろう。これらを鑑みると、夏場こそ実質輸出の伸びは高かったが、今後は増加ペースが鈍ってくると予想される。外需も厳しい情勢はまだ続きそうである。
【クロワッサン】

リバウンドが鈍る世界経済
2020/08/26
春先には欧米を始め多くの国が、コロナ感染を抑え込もうと、経済活動を厳しく制限した。その甲斐あって、感染は一時下火になったが、5月頃から各国が経済活動を再開すると、そこからわずか一か月ほどで感染も再拡大している。米国や欧州、そして日本も例外ではない。

感染再燃を受け、人々が外出や人混みを再び避け始めた結果、6月後半以降、多くの国で景気回復が滞りがちとなってきた。7月頃からは回復が完全に止まったり、再び減速したりする国も現れている。速報性のあるPMI指数を見ると、8月には日米欧で製造業の回復ペースが鈍り、日本や欧州では非製造業の改善が止まってしまった。経済活動を再開すれば、感染が再燃し、それがさらなる回復を妨げるため、一本調子の景気回復とはいかないことが露わになっている。新規感染をゼロ近傍に抑え込み、大規模な経済対策を実施する中国や、世界的なテレワーク・リモート教育が追い風となる台湾は、比較的順調に回復しているが、数少ない例外であり、それらも厳しい経済制限を解除した後から続いていたリバウンドはやや鈍ってきた感がある。四半期ベースの経済成長率を考えると、多くの国が4-5月に大底をつけた後、少なくとも6月後半までは急ピッチでリバウンドしていたため、計算上、7−9月期の世界経済の反発は大きなものとなりそうである。しかし、10−12月期以降の持ち直しは、大きく鈍る可能性が高まっている。
【クロワッサン】

値下げを妨げるコロナショックによる生産性低下
2020/08/12
緊急事態宣言が全面解除されてから、わずか一か月ほどで感染が再拡大している。感染を警戒する人々は外出や人混みを再び避け始め、持ち直し始めた個人消費が早くも停滞する兆しが表れている。しかし、大きな需要の落ち込みから抜け出せないにも拘わらず、意外なほど物価は下がっていない。東京都区部のCPIは、天候不順の影響で高騰している生鮮食品を除いたコアベースでも前年比0.4%に留まる。コロナショックが日本経済に影を落とし始めた2月は0.5%、その直前である1月は0.7%であり、経済の落ち込みに比べると、その低下幅は軽微である。

原因の一つは、需給ギャップの悪化がインフレに影響を齎すまでに、タイムラグがあることだ。需要が急減しても直ちに値下げが広がるわけではないが、その代わり、経済が持ち直しても、当分の間はインフレ率の低下が続く。しかし、それだけではない。今回のコロナショックでは、飲食・宿泊業を始めとする多くの業態が、社会的距離の確保などの感染対策を行うことを強いられていることも影響している。需要のありなしに拘わらず、多くの客で賑わうことを避けねばならないため、低稼働率を強いられる。勿論、飛沫感染防止のためのシートや消毒液といったコストも嵩む。そうした業態では、財・サービスを提供するのにかかるコストが跳ね上がっており、これが、需要の落ち込みにも拘わらず、値下げができない原因となっている。時間の経過と共に、社会的距離の確保等の問題が小さい業態を中心とした値下げが広がっていくとは思われるが、その程度は、需給ギャップの落ち込みに比べると、相当軽微なものに終わりそうである。
【クロワッサン】

中国でも鈍い民需の回復
2020/07/22
中国は他国に先駆け、新型コロナウイルスの感染が拡大したが、3月には感染がほぼ収束し、以後、中国当局は景気を浮揚すべく大規模な景気対策を実施している。これが奏功し、同国の4-6月期のGDP成長率は前年比3.2%(1-3月期-6.8%)といち早くプラスに転じた。中国経済は、相対的には、コロナ禍からの立ち直りが早いように見える。尤も、中国の潜在成長率は6%前後と諸外国よりも高いため、現在もなお負の需給ギャップは大きい。だからこそ、当局が躍起になって金融緩和やインフラ投資などの景気対策を講じているわけだが、今のところ、国有企業や政府部門はその効果で急回復してきたものの、民需の回復は相当に冴えないままである。まず、民間企業は1-3月期の業績悪化の後遺症が残る上、コロナ再燃リスクや米中関係の悪化などの不確実性が極めて高いため、設備投資などの支出には極めて慎重である。また、感染リスクを恐れて外出や人混みを避ける人が未だに多い上、雇用所得環境も悪化しているため、個人消費の回復も相当に遅れている。リーマンショック後に中国政府が大規模な景気対策を実施した折には、民間部門がこぞって投資を拡大したため、飛躍的な回復が実現したが、今回は民間部門の反応が鈍く、それ故、回復が緩慢なペースに留まっているのである。コロナの封じ込めに成功し、時間も経過した中国においてさえこの有様なら、それ以外の国の最終需要の回復はさらに鈍いということだろう。世界経済の復調にはまだ相当に時間を要しそうである。
【クロワッサン】

新興国を襲う観光収入の激減
2020/07/06
新型コロナウイルスの感染抑制のため、今もなお、多くの国が厳しい渡航制限を敷いている。近年、インバウンド消費が急拡大していた日本でも、外国人観光客の多かった宿泊業や飲食業、各種小売業などが大打撃を受けているが、より深刻なのは、観光依存度の高い新興国である。元々新興国は先進国に比べて、医療体制が整っていない上、経済基盤も脆弱であり、コロナショックの悪影響がより深刻であった。これに加えて、外貨を稼ぐ手段の一つである観光収入が大打撃を受けている。渡航制限が世界各国に広がりかつ長期化していることを受け、国連世界観光機関は、2020年の世界の観光収入は70%減少すると見通しを下方修正した。当初の35%減から倍増である。これを前提にすると、新興国は平均でGDP比4%程度の需要が失われると見られる。観光収入への依存度が特に高いタイやモロッコ、レバノンでは、GDP比10%を超える需要が吹き飛ぶ。とりわけ、日本との経済関係が密なタイは、ASEAN地域の自動車生産の拠点でもあり、今回のコロナショックによる自動車輸出の激減で大打撃を受けていたが、そこに主要産業である観光業の収入激減が追い打ちをかけているのである。観光収入の激減は一部新興国の景気回復を大きく阻害する公算が大きい。
【クロワッサン】

コロナショックに脆弱な日本の輸出
2020/06/24
日本銀行が発表する実質ベースの輸出は、4月に前月比14.1%減少したのに続き、5月も5.8%減少した。4-5月の水準は1-3月期の平均を18.0%も下回っている。新型コロナウイルスの感染拡大とその封じ込めのため、1月末から2月には中国で、3月以降は欧米を含む多くの国で、経済活動が制限され、総需要が劇的に縮小した。その結果、日本の輸出は大打撃を受けている。5月以降は、中国や韓国など感染が概ね収まった国に留まらず、米国など新規感染者がまだ多い国についても、経済への悪影響を鑑み、段階的にロックダウンを解除しており、6月には日本の輸出も下げ止まると期待されるところである。もっとも、輸出構造を鑑みると、その後も日本の輸出は長らく低迷が続くかもしれない。

日本の輸出の主力は、自動車、一般機械、電気機器である。まず、コロナショックが始まって以来、各国で最も需要が深く落ち込んだのは自動車だった。高額商品であり、食料品などの必需品と違って購入を先送りできるため、世界各国で自動車販売は真っ先に激減したのである。現時点では、中国の自動車販売だけは景気対策の効果で平年並みの水準まで戻ってきたが、それ以外の国は極めて低い水準での推移が続いている。また、一般機械の輸出も落ち込んでいるが、こちらは、今後さらに減少するリスクがある。ワクチンや特効薬が開発されるまでは、感染第2波が常に起こるリスクがある。このため、先行きは極めて不透明であり、コロナショックでただでさえ業績が悪化している企業が設備投資に及び腰になるには十分である。世界各国で設備投資は手控えられ、日本からの一般機械の輸出は減り続けるかもしれない。輸出が低調なのはどこの国も同じだが、程度には差がある。中国ではマスクを筆頭に消費財の輸出が伸び、韓国や台湾ではリモート関連需要の高まるITデジタルの輸出が下支えとなるが、日本の輸出の低迷は諸外国以上に苦戦しそうである。
【クロワッサン】

コロナショックで雇用はどうなるか
2020/05/19
新型コロナウイルスの感染拡大とその封じ込めのための経済活動の制限により、1-3月期のGDP成長率は前期比年率で3.4%もの落ち込みとなった。昨年10-12月期が消費増税で7.3%のマイナスだったことを考えると、経済活動の水準が平時より1割ほど低下していると考えられるが、緊急事態宣言が発動された4-6月期はさらに2割ほどのマイナスになるとの見方が多い。こうした急激な経済収縮は雇用にも波及しつつある。

従来、日本企業は、平時から従業員に長時間労働を強いる代わりに、不況時にはその労働時間を減らすことで労働投入量を削減し、雇用を守るという傾向があった。しかし、長時間労働の主な担い手であった男性正社員は少子高齢化で減少し、代わりに女性や高齢者の比率が増している。近年の働き方改革もあり、残業時間の糊代は相当に小さくなっている。さらに今回のコロナショックの直撃を受けた飲食店や宿泊業などは、パートやアルバイトなど元々残業の糊代が少ない従業員が多い上、そもそも残業を減らしたところで到底調整し切れない大打撃を受けている。したがって、政府の様々な対策があってもなお、就業者数は大幅な減少が予想される。今後の感染拡大次第では200万人を超える雇用カットもありえるかもしれない。ただし、失業率がこれに見合うほど上がるとは限らない。近年大幅に増えていた就業者は高齢者、特に70歳を超える人々だった。新型ウイルスの重症化のリスクが高いとされる世代であり、そうした人々は職を離れても失業者となるのではなく、引退(非労働力化)するかもしれない。そうした事情も勘案すると、リーマンショック時と同様、今回のコロナショックでも、日本の失業率は世界的には珍しいほど上がらない、ということが、当時とは違う理由で起こる可能性がある。
【クロワッサン】

コロナショックはインフレ的かデフレ的か
2020/04/28
新型ウイルスが経済成長を押し下げるのは明らかだが、物価への影響はやや複雑である。物価は需要と供給のバランスで決まるが、新型ウイルスはその両方に影響を及ぼすからだ。前者の例を挙げると、世界的な人の移動の減少で燃油需要が激減し、原油価格が暴落した。また後者については、保存食やトイレットペーパーなど、必ずしも需要が急増しているとは思いないものの価格が上がっているが、これは、感染拡大による生産や物流、販売の混乱などで、将来供給が滞ることを恐れた人々が慌てて購入したことが影響している。


では、どちらの影響が大きいのか。今回のショックでは、例えば東日本大震災とは異なり、生産設備が失われたわけではない。また、少なくとも今のところは、マクロの供給量を変えるほど人命が失われたわけでもない。したがって、供給面でのショックはあくまでも一時的かつ限定的と言えそうであり、それも、世界の生産拠点である中国の経済活動再開により、解消されつつある。一方、需要面での縮小は、緊急事態やロックダウンが続いている間は勿論、それが解除された後も、ワクチンや特効薬など抜本的な解決策が発見されない限りは、続く可能性がある。例えば中国では、旅行や飲食、宿泊などの需要はほとんど戻っていない。総じて見ると、供給ショックに比べて需要ショックが規模も期間も遥かに勝り、新型ウイルスはデフレ的に働く可能性が高いと考えられる。
【クロワッサン】

中国が示すコロナショック後の回復の姿
2020/04/14
新型コロナウイルスの感染が最初に広がった中国では、経済活動を犠牲にする営業禁止などのウイルス対策を始めてから1ヶ月余りで感染拡大が収束に向かい、3月10日には中央政府が「勝利宣言」を出した。これに前後して、工場や店舗は操業を再開、これを後押しすべく地方自治体は独自の消費刺激策を打ち出し、4月上旬には震源地の武漢の封鎖もついに解かれるなど、経済活動の正常化に向けた動きが広がっている。しかし、最悪期は脱したとはいえ、今もなお平時とは程遠い。生産動向に大きく影響される電力大手の石炭消費量は、現在も昨年の8割程度に留まる。


中国経済の回復は何故鈍いのか。最大の原因は、治療薬やワクチンが開発されていないため、一度は封じ込めたといっても、ウイルス再燃の懸念があることだろう。経済活動が本格的に稼働すれば、再び感染が広がるリスクがある。また、新型ウイルスは現在、欧米で猛威をふるっており、諸外国からウイルスが輸入される恐れも十分にある。そうした中では、中国政府が得意とする国家を挙げての経済対策を実施するわけにもいかないし、市井の人々も支出に積極的にはなれない。もう一つ大きな要因は、海外需要の激減である。欧米の4−6月期のGDP成長率は二桁のマイナスになるとの見方が多く、これが今後は輸出を通じて中国経済に悪影響を及ぼすことになる。感染拡大がとりあえず収まっても、経済のV字回復とはいかない。中国の姿は、明日の欧米、そして日本の姿でもある。世界経済の回復にはまだ相当な時間がかかり、仮に年後半から持ち直しが始まっても、U字回復かL字に近い回復に留まりそうである。
【クロワッサン】

コロナ・ショックで高まる金融リスク
2020/03/11
新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。アジア圏のみならず、欧米でも感染が広がり、パンデミックの様相を呈してきた。各国は当初、中国需要の激減やサプライチェーンへの影響ばかりを懸念していたが、今や中国以外でも、国内感染を恐れて、経済活動を抑制する国が増え続けている。

コロナ・ショックに対し、各国政府は中小企業の資金繰り支援などの財政政策や金融政策を打ち出している。こうしたマクロ安定化政策は、米中貿易戦争の際には、景気を下支えする効果を発揮した。しかし、今回のショックに対する効果は、少なくとも当面は期待できそうにない。需要が急激に縮小しているのは、感染拡大を恐れて外出や人との接触を控える動きが広がっているからであり、減税や金利低下でそうした動きが止まるとは思われないし、また、感染を抑えたいのであれば、止めるべきでもないからだ。

世界金融危機以降、先進各国が緩和的な金融政策を実施していたため、新興国ではドル建て債務を積み増して支出を拡大してきた。コロナ・ショックが長引き、各国のマクロ安定化政策も無力となれば、グローバル不況が起こり、そうした債務の調整が始まるかもしれない。日本でも、超低金利政策の長期化で収益機会を失った地銀はインバウンド関連のセクターに融資を増やし、大手銀行はアジア新興国への融資を増やしていたが、これらが焦げ付く恐れがある。コロナ・ショックは世界的な金融面での調整に発展するリスクがある。
【クロワッサン】

新型コロナウイルスで今年はマイナス成長に
2020/02/26
新型コロナウイルスの脅威が広がっている。世界経済は昨秋来、緩やかに持ち直し始めていたが、1月末以降は、感染を抑えるための政府の対策と民間の自衛的な行動によって、世界第二位の経済規模を持つ中国で正常な経済活動が行われていない。感染拡大が例えば3月末に収束に向かうとしても、1-3月期の中国の成長率の急降下は不可避である。

日本経済にも、少なくとも短期的には、甚大な影響が及ぶ。中国需要の減少やサプライチェーンの混乱によって財輸出が落ち込み、訪日客の3割を占める中国人観光客を中心にインバウンド消費も激減するが、それだけではない。2月中旬からは、感染を恐れて日本国内でも外出やイベントなどが控えられており、個人消費も落ち込む公算が大きい。昨年は米中貿易戦争が続き、日本の製造業も悪影響を被ったが、それでも日本経済が比較的堅調だったのは、内需が底堅かったからである。改元効果や消費増税前の駆け込みで個人消費が増加したこともあるが、インバウンド消費の拡大にも助けられた。インバウンド消費そのものはGDPの1%にも満たないが、近年急速に拡大しているため、宿泊施設や観光関連、都市再開発に至るまで、インバウンド需要を当て込んだ設備投資が堅調だったのである。本来はインバウンドが含まれないはずの個人消費も、統計上、正確に捕捉しきれなかったインバウンド消費が紛れ込んで嵩上げしているとの指摘もある。貿易戦争は財輸出を押し下げたが、今回の新型ウイルスショックは、インバウンドを通じて内需セクターにも打撃を加えることになる。感染拡大が早期に収束した場合でも、今年はマイナス成長に陥る可能性が高そうである。
【クロワッサン】

消費増税後の消費の実態
2020/01/15
速報性があることで定評のある景気ウォッチャー調査が冴えない。同調査は消費増税が実施された10月に急低下し、12月現在も回復が鈍い。11月まで公表されている一連の消費関連統計も低調だった。今回の消費増税前の消費の盛り上がりは前回より相当控えめだったが、それにも拘わらず、増税後の落ち込みは大差ない、といった有様である。

今回の消費増税による実質購買力の低下は前回よりかなり小さい。増税幅が小さい上に軽減税率が導入され、さらに教育無償化を始め様々な所得移転も行われたためである。それでも消費が低調なのは、消費増税以外にも足を引っ張る要因があるからだろう。最大の要因は、10月の三連休に首都圏を含む広域を襲った台風19号であり、10月の個人消費を大きく押し下げただけでなく、工場の被災で自動車などのサプライチェーンの一部が損壊し、その影響も思いのほか長引いた。足元では、11-12月の暖冬による冬物商材の苦戦や、12月23日の祝日がなくなったことも支出減につながっている。

実際、12月の日銀の生活意識に関するアンケート調査を見ると、消費増税後に支出を控えたと回答した人は32.9%と、前回増税後の59.8%からむしろ大きく低下している。どうやら多くの家計は、増税を理由に意図的に消費を抑制するつもりはなかったようである。それにも拘わらず、台風や暖冬などで実際の支出は減り、その事実を観察した景気ウォッチャー調査は低調だった、というのが実態ではないか。そうであれば、年明けには台風や暖冬による下押し圧力も和らぎ、消費は持ち直しに向かうのではないかと期待されるところである。
【クロワッサン】

世界経済はどうにか持ち直しへ
2019/12/24
昨年来、世界経済を揺るがせてきた米中貿易戦争が、ようやく一時休戦となりそうである。年始にも署名が可能となりそうなのは、農作物の輸入拡大や新たな追加関税の見送りなど、ごく限定的な「第一段階の合意」に過ぎないが、それでも、実現すれば、不確実性に慣らされた世界各国の企業が、様子見してきた設備投資を再開し始めるきっかけには十分なるだろう。いつまでも投資を先送りし続けられるほど、企業間競争は甘いものではない。

そして、世界経済にとってそれ以上に大きな追い風になるのが、今年3回にわたって行われた米連銀の利下げである。米国の長期金利が低下すると、金利に敏感な米国の家計の支出が刺激される。また、金利低下で株価が上昇し、これも支出を促す。ただ、効果はそれにとどまらない。巨額のドル建て債務を新興国でも実質的な利払い費が低下し、また、それらの国では資本逃避を気にする必要が薄れるため、自国の利下げも可能となり、結果的に金融環境が急速に緩和的となる。また、随時拡大されてきた中国の景気対策も効果を発揮し始めている。中国の消費は、アフリカ豚コレラによる豚肉価格の高騰もあって未だ軟調だが、企業向けの大型減税や補助金などのおかげで、生産には底入れの兆しが表れてきた。これらが相まって、世界経済はどうやら年明けには徐々に持ち直しへと向かいそうな気配である。

ただし、予断は許さない。米中貿易戦争が一服すれば、米国は次の標的を欧州に定める公算が大きい。中国経済についても、景気対策で減速が止まったとしても、少子高齢化で潜在成長率それ自体が低下しているため、成長率が高まっていくとまでは見込みがたい。米中を中心とした各国のマクロ安定化政策のおかげで不況は避けられそうだが、持ち直しに向かうペースもかなり弱いというのが、年明けからの実体経済の動きとなりそうである。
【クロワッサン】

消費増税後の景気動向
2019/12/11
速報性に優れる景気ウォッチャー調査が公表された。消費増税が実施された10月の現状判断DIは、前回消費増税が行われた2014年4月より低下幅は小さいものの水準は低い、という微妙なもので、11月の反発も2014年5月より小幅という冴えない結果であった。10月は台風19号が首都圏を含む広域を直撃し、サプライチェーンが損壊した一部業種でその悪影響が11月にも残ったが、それにしても低調である。セクター別に見ると、消費増税が直撃した家計関連は前回の消費増税と同程度だが、企業部門が前回よりはるかに悪い。

実は、企業部門の不振は今に始まったことではない。昨秋来、中国経済が景気引き締め的な構造改革や米国との貿易戦争によって減速基調を強め、この影響が年始にかけて欧州やアジア、新興国を中心に広がったため、日本の輸出も1Qに急減した。景気ウォッチャー調査が昨年末から急低下しているのは主にそのためであり、既に8月時点で製造業のDIは、2014年の消費増税時どころか、2012年のミニ不況の底をも下回る水準まで悪化していた。10月の消費増税はそこに追い打ちをかけたというわけである。

今後の景気の先行きを考える上でのポイントは、これまで足を引っ張ってきた輸出の動向と消費の持ち直しのタイミングということになるが、前者については米国の金融緩和や中国の景気対策の効果で底入れに向かう動きが見えてきた。一方、後者は、景気ウォッチャー調査も示唆するように、10-11月はかなり低調なようであり、4Qの落ち込みは避けられそうにない。ただ、個人消費が1四半期程度、深く落ち込むことはあっても、落ち込みが長引くことは避けられるのではないか。前回の消費増税後に消費低迷が長引いたのは、実質購買力が大きく低下したためだった。当時は増税幅が大きい上に円安で食品等の値上げが進み、インフレ率は3%を超えていた。翻って今回は、軽減税率も導入されインフレの基調も弱いため、僅か0.2%の上昇に留まる。幼児教育無償化の影響を除いても0.8%である。実質購買力があまり損なわれていないのなら、いつまでも消費低迷が長引くこともない。それゆえ、日本経済もいったんは落ち込んでも比較的早期に回復軌道に乗ると予想される。
【クロワッサン】

消費増税による購買力低下は軽微
2019/11/26
10月の全国CPIは前年比0.2%(9月0.2%)と横ばい、生鮮食品を除くCPIコアは0.4%(9月0.3%)となった。一見目立った変化はないが、10月は物価に大きな影響を与える制度変更が行われている。まず、消費増税がCPIコアを0.77ポイント押し上げ、同時に行われた幼児教育無償化が0.57ポイントの押し下げ要因となった。これらの合計で0.20ポイントの押し上げ効果が発生したのである。この消費増税と教育無償化を除いた10月のCPIは、総合0.0%(9月0.2%)、コア0.2%(9月0.3%)と、むしろ前月より僅かに伸びが低下している。消費増税があっても便乗値上げは広がらず、低インフレ基調は全く変わらなかったということである。

翻って前回2014年4月の消費増税の際には、急激な円安による輸入コストの高騰に苦慮していた企業が、消費増税分以上の値上げを進めた。そのため、CPIは増税分と合わせて前年比3.4%と急伸し、これが、その後の消費低迷を長引かせる元凶となったのである。翻って今回のCPIは前述のように僅か0.2%の上昇にとどまる。仮に、一部の世帯に恩恵が集中する幼児教育無償化の影響を除いたとしても0.8%と、前回の4分の1以下に過ぎない。物価上昇が小さくそれゆえ実質購買力の棄損が小さいため、今回の消費増税後の消費の落ち込みは長引かないと考えられる。
【クロワッサン】

米中ミニ合意で投資復調の可能性も
2019/11/12
昨年来、政治的・地政学的リスクが世界各国で浮上し、不確実性が極めて高い状態が続いている。これが企業や家計の支出を抑制する要因となっているが、その最たるものは米国の強硬な通商政策であり、とりわけ米中の対立は貿易戦争の様相を呈し、秋口までは激化する一方だった。しかし、米国が中国に課した高関税の悪影響が米国自身にも跳ね返り始めたこともあり、米国は態度を若干軟化させ、足元では米中通商協議にも進展が見られるようになってきた。今月ないし来月には「第1段階」の米中合意が成立する可能性が浮上している。

この「第1段階」の合意は、仮に成立したとしても、中国が農産物を米国から大量に輸入する代わりに、米国が12月に予定していた追加関税を見送るといった、かなり範囲の狭いミニ合意に留まりそうである。米中は技術覇権争いから安全保障に至るあらゆる分野で対立しているため、「第2段階」「第3段階」とさらなる合意が形成され、包括的な通商協定が結ばれる可能性は相当に低い。ただ、それでも、貿易戦争の激化に一時的でも歯止めがかかれば、企業にとっては不確実性が相当に軽減されることになる。自動車や電機など、技術進歩の速い業界は、設備投資や研究開発投資をいつまでも先送りし続けることはできない。企業は米中協議の行方を固唾をのんで見守り、投資執行のタイミングを推し量っていたはずである。折しも、米国を始め各国中央銀行が金融緩和を進めてきたため、マネーはふんだんにある。米中合意が実現すれば、「第1段階」でも「ミニ」であっても、それをきっかけに、各国で想定以上の設備投資の執行が進む可能性は否めない。
【クロワッサン】

増税と台風に見舞われた10月の個人消費
2019/10/22
消費増税が実施され、1ヶ月が経とうとしている。改めて、今回の駆け込み需要を振り返ると、個人消費は総じて盛り上がりを欠き、前回、前々回の増税前とかなり異なる様相を示したようである。テレビや白物家電を中心に増税直前の9月には駆け込みが広がった様子だが、少なくともそれ以前の個人消費は控えめだった。これは、貯蓄率(所得から消費を差し引いた貯蓄を所得で除したもの)を見れば一目瞭然である。2014年4月の消費増税では、3四半期前の2013年3Qから家計の貯蓄率はゼロとなり、4Qは−0.7%、2014年は−3.0%と大きく落ち込んだ。家計は預貯金などの金融資産を取り崩したり、借入を行ったりしてまで、支出を増やしていたのである。翻って今回は、増税の3四半期前の2019年1Qの貯蓄率は3.1%、2Qは3.5%であり、2018年平均の3.4%とほぼ変わらない。つまり、所得が伸びた分しか消費を増やしていなかったということである。これなら、9月の一ヶ月間に多少使い過ぎたとしても、いわゆる駆け込みの反動で消費の大きな落ち込みが続くことはなさそうだ。

但し、増税直後の10月の個人消費については、消費増税以上に懸念される事態が出来してきた。首都圏を含む広域を襲った大型台風である。三連休の初日という個人消費にとっては最悪のタイミングで、人口の多い地域に上陸し、交通機能の全面的な麻痺や多数の店舗の休業を引き起こした。元々、日本では、降水量が増えると外出が抑制され、サービスのみならず、財消費も全般的に下押しされる傾向があるが、今回の総需要の落ち込みは桁が違うはずである。ちなみに、これより(フローの)経済活動という点に限れば被害が小さかった、北海道地震や台風による関空被災が起こった昨年9月も、個人消費はマイナスとなっている。台風被災と相俟って10月の消費は思いのほか悪化しそうである。
【クロワッサン】

輸出の回復は来年半ば以降か
2019/09/24
8月の実質輸出は、前月比では0.9%減少したが、7-8月平均では4-6月期の水準を1.8%上回った。昨秋来の中国経済の一段の減速を受け、実質輸出は今年1-3月期に前期比で1.7%減少した後、4-6月期も同0.1%と底ばいに留まり、かなり低調だったが、ここにきて漸く底入れしてきたようである。7-8月の内訳を見ると、昨年終盤から年始にかけて大きく落ち込んだ電気機械の輸出が、ITデジタル・サイクルの調整の世界的な進捗を背景に若干増加している。

とはいえ、最終需要がほとんど回復していないため、電気機器の輸出が増加したとはいっても、そのペースは極めて鈍い。また、同じく日本の輸出の主力産業である自動車は、市場規模の大きい中国や米国の販売が冴えず、欧州でも伸び悩んでいるため、低調な推移が続いている。そして何より、日本の輸出の2割を占める一般機械(資本財)の減少に歯止めがかからない。米国が対中制裁を強化し、欧州でも英国のEU離脱などを巡って政治混乱が長期化しているため、世界的に不確実性が高い状態が続き、不確実性を嫌う各国企業が設備投資を抑制していることが背景にある。今のところ、これらの不確実性が解消される目途は立っていない。米国と中国の貿易協議については、ミニ合意に達する可能性もあるが、短期間での包括的な合意はまず不可能と見られ、また、中国と一時休戦となれば、米国の次の矛先はEUと自動車関税に向く公算が大きい。企業の設備投資を抑制するスタンスは変わらず、世界の資本財需要、延いては日本の実質輸出の回復が明確化するのは、来年半ば以降にずれ込みそうである。
【クロワッサン】

消費増税前でも盛り上がりを欠く個人消費
2019/09/10
消費増税まで1ヶ月を切った。2014年4月の前回の消費増税時には、大規模な駆け込み需要とその反動減が発生し、大きな景気の波を作ったが、今回はどうか。今年4-6月期の個人消費は前期比0.6%と確かに高い伸びだったが、これは駆け込みというよりも、改元に伴う大型連休の長期化や天候要因によるところが大きかったようである。実際、梅雨明けが遅れた7月には、季節商材を中心に消費関連の統計は軒並みマイナスとなった。駆け込み需要が強いのなら、総崩れはしないだろう。また、住宅や自動車、家電など、駆け込み需要が特に強いものを個別に見ても、従来ほどの盛り上がりは見られない。

今回駆け込みが盛り上がりを欠くのは、増税幅が2ポイントと前回に比べて小さいこともあるが、政府による各種対策の効果も大きい。駆け込みが生じやすい住宅・自動車は増税後に減税が用意され、増税と同時に始まるポイント還元制度では、中小企業でキャッシュレス決済という条件付きながらも、増税前より商品を実質的に安く手に入れることができる。慌てて駆け込む必要がないのである。また、増税による実質所得の減少についても、少なくとも当面は、教育無償化を始め様々な政府からの所得移転によって概ね相殺される。このため、増税後の個人消費を中心とした景気の落ち込みは、今回は軽微に済みそう、というのが大方の見立てだろう。ただ、懸念材料も二つほどある。一つは、世界経済の脆弱さであり、そうした中で消費増税を迎えることである。もう一つは、足下の消費者センチメントの弱さである。これは、駆け込み需要は盛り上がっていないのではなく、駆け込み需要があってもなお消費が持ち上がらないほど基調が弱いことを示唆しているのかも知れない。今のところ後者のリスクは小さいと思われるが、過去2回の消費増税ではいずれも駆け込み需要が事前には過少評価され、その結果、予想外に大きな反動減に見舞われたという経緯がある。油断は禁物である。
【クロワッサン】

英国で高まる合意なきEU離脱のリスク
2019/08/13
EUからの離脱期限が10月31日に迫り、今後イギリスでは大きな動きが予想される。まず考えられるのは、議会が「合意なき離脱」阻止のため、首相の行動を制約する法案を成立させるというものである。内閣不信任案を可決し、総選挙か内閣総辞職を迫るという手段もあり得る。議会が再開する9月3日以降、こうした動きが活発化してくるだろう。

一方、ジョンソン首相が解散総選挙を目指す可能性もある。英国では不信任案の可決か下院議員の3分の2以上の同意があれば解散が可能となる。仮に選挙で勝利すれば、ジョンソン首相の政治基盤は強化され、国内的にもEUとの交渉上も優位に立てる。とはいえ、選挙の行方は相当に不透明であり、実際に行われた場合、どのような結果となるのか、現時点では確たることはわからない。

10月31日に離脱期限を迎え、そのまま合意なき離脱に至る可能性もある。首相は離脱期限を守る方が選挙に有利と判断し、議会はそれを阻止できず、EUも譲歩しないかもしれない。EUと新政権が、北アイルランドのバックストップ問題で妥協できる余地が極めて乏しいことを考えると、歩み寄りによって合意が成立する可能性よりは、「合意なき離脱」に至るリスクの方が高いだろう。

以上、目先起こり得る動きについて述べたが、10月31日に直ちに合意なき離脱となるケース以外は、内閣不信任案も総選挙も、EU離脱を巡るプロセスの一つに過ぎない。それらを消化した上で、イギリスは再び、合意ある離脱、合意なき離脱、EU残留のいずれかを模索していくことになる。現時点では、総選挙で強硬離脱派が過半数を取る可能性がやや高いと見られること(但し保守党単独政権となるかはわからない)、また、10月31日の期限切れによる離脱の可能性もあることを考えあわせると、合意なき離脱の可能性が最も高いように見える。英国は勿論、経済基盤の脆弱なユーロ圏など周辺国に与える影響も懸念されるところである。
【クロワッサン】

貿易協議再開でも中国は景気対策を強化
2019/07/24
中国の1-6月の経済成長率は前年比6.3%と、今年の政府の成長目標である6〜6.5%の範囲に収まった。もっとも、中国共産党は2012年の党大会で、2020年のGDPを2010年対比で倍増させる長期目標を掲げており、この実現には、2019、2020年の成長率が6.2%以上となる必要がある。6.3%という数字は実はギリギリのラインである。中国のGDPは統計というより当局のメッセージという側面があるが、ギリギリのGDPを発表したのは、これ以上の減速を断固回避するという、当局の意思表示とも解釈できる。

実際、中国の1-6月の6.3%の成長のうち、1.3ポイントは輸入減による外需の寄与であり、内需はGDPで見るよりさらに低調である。これ以上、減速が強まれば、過剰債務を抱える企業のバランスシートが悪化し、金融システムの動揺にも繋がり兼ねない。雇用が悪化し、習近平指導部に対する不満が高まる恐れもあるだろう。このため、さらなる減速の徴候が現われれば、当局は直ちに、債務を膨張させる副作用のあるインフラ投資の拡大を含め、即効性のある景気刺激策を強化すると見られる。米中貿易協議が再開されても、その結果を待つ余裕は最早ないだろう。過剰債務の問題は問題含みの景気対策によってますます悪化しそうだが、少なくとも当面は、そうした対策によって、中国発の世界経済の一段の減速は回避されると見られる。
【クロワッサン】

収斂する先進国のインフレ率
2019/06/25
日本は低インフレで知られるが、近年、米国や欧州と日本のインフレ率は接近しつつある。CPI全体の伸びは欧米の方が日本よりまだかなり高いのだが、家賃を除いて比較すると、その差は0.3〜0.4ポイントにまで縮小してきた。格差縮小の原因としては、まず、日本のインフレ率が2013年以降、下がりにくくなったことがある。かつて日本の家電製品は異常に値崩れしていたが、2010年代前半に日本企業が家電製品の生産拠点を海外に移し、輸入するようになったことで、これが収まった。2013年以降、円安傾向となったことも相対的にインフレを押し上げた。もう一つは、米国と欧州のインフレ率が上がりにくくなったことがある。世界金融危機や欧州債務危機を受け、米欧の中央銀行は積極的に金融緩和を進めたが、マネーの多くは実物投資よりも金融資産や不動産に向かった。その結果、資産価格は上昇したが、財・サービスの価格はあまり上がらなかったのである。

ただし、欧米では不動産価格の上昇が家賃を押し上げ、これがインフレ率を高めている。これに対して日本では、個人などのマネーが賃貸用不動産に向かったため、賃貸用不動産が供給過剰となり、家賃の上昇も抑制された。日本でも不動産価格そのものは上昇しているのだが、CPI統計における家賃の8割は「持ち家の帰属家賃」であり、これは「持ち家」と称しつつも、近所の民営家賃を基に計算される。したがって、家賃が上がらなければ、いくら不動産販売価格が上がっても、CPI統計には反映されない。日米欧のインフレ格差の実態は縮小しつつあるが、結局はこの家賃が重石となって、統計上、日本のインフレ率は目立って低い状況が続いている。
【クロワッサン】

不確実性の高まりがもたらす金融緩和
2019/06/11
米政権の強硬な通商政策が世界的に不確実性を高めているが、欧州でも政治的な混迷が広がり、不透明感を一段と強めている。きっかけは5月下旬のEU議会選挙だった。同選挙では、既存の中道政党が大敗したが、この結果を受け、まず英国では、与党保守党が、(EU離脱を望む支持者を強行離脱派のBrexit党に奪われたと考え)退陣を表明したメイ首相の後任に、強硬離脱派を選ぼうとしている。特に有力候補とされるボリス・ジョンソン元外相は、「合意なき離脱」も辞さない強硬離脱派として知られており、同氏が首相となれば、EUとの対立が深まるのは勿論、ハード・ブレグジットの可能性も相当に高まりそうである。また、イタリアでは、連立与党内で、同盟が五つ星に大差をつけて勝利したが、このことにより、同盟が連立を解消し、総選挙に打って出る可能性が高まっている。同盟は、元々は拡張財政を強く訴える政党ではなかったのだが、選挙を意識して大規模減税などのバラマキを掲げ、同国の財政赤字を問題視するEUとの対立が深まっている。ドイツでも与党大敗で連立解消の可能性が浮上、総選挙に発展するリスクが生じており、ギリシャでは既に7月に総選挙が行われる予定となっている。

こうした混乱する政治情勢は、貿易戦争同様、企業の嫌う不確実性を高めるものである。企業は先行きが不透明であれば、設備投資などの支出を手控えることになるが、これが各国における資本財需要を押し下げ、世界経済を下押しすることになる。こうしたリスクに対応し、各国中央銀行も動き始めた。FED高官は利下げの可能性を示唆し始めており、ECBもフォワードガイダンスを長期化、さらなる緩和措置を模索しているようである。欧米が金融緩和によって、通貨安を競い合う事態となれば、日銀も傍観者ではいられなくなる。政治的な不確実性の高まりの帰結として、世界に金融緩和が広がってきそうである。
【クロワッサン】

中身の変わった経常黒字
2019/05/28
2018年度の経常黒字は2000年代半ばに匹敵する高めの水準だった。とはいえ、その中身は、随分変わっている。当時は経常黒字の半分以上を占めていた貿易黒字は、今やほとんど解消され、代わりに増えているのが所得収支やサービス収支の受取である。日本企業は2010年代に生産拠点の海外シフトを一段と進め、それによって財の輸出は減少したが、そうした投資が今度はロイヤリティ収入や配当を生み出し、それが現在の経常黒字の大部分を占める構図となっているのである。

こうした経常黒字の構成の変化は、為替相場にも影響を及ぼしている可能性がある。従来型の財の貿易で稼いだ外貨は、円転されることが多かったため、円買い圧力に繋がっていた。換言すると、貿易黒字を中心とした経常黒字は円高圧力を齎し易かったのである。一方、現在の経常黒字の稼ぎ頭である所得収支の中には、必ずしも資金移転を伴わないものが多い。例えば、直接投資収益には、再投資収益が50%程度含まれるが、これは、現地企業の内部留保に当たるものである。そうした資金は現地での再投資に充てられ、円転されないケースが多い。証券投資収益についても、その9割程度を占める債券利子は円転されずにそのまま再投資されることが多い。同じ経常黒字であっても、その性質の違いによって、従来よりも円高圧力を生み出しにくくなっている可能性がある。このことも、近年の円相場の安定に影響していると見られる。
【クロワッサン】

再燃する米中貿易戦争
2019/05/14
合意寸前と思われていた米中貿易協議が決裂し、米国は今月10日、2000億ドル相当の中国製品の追加関税を10%から25%に引き上げた。さらに、追加関税の対象外だった3000億ドル相当に、25%の追加関税を「近いうちに」課すとも表明した。中国側は直ちに報復関税を表明し、昨年末から停戦状態にあった米中貿易は再び深刻化している。ただ、全中国製品に25%の関税を課した場合、これまで課税対象から極力外してきた消費財の比率が大きく上昇するため、米国の家計部門への悪影響が飛躍的に増す。このため、関税拡大を声高に主張しつつも、トランプ政権は実際にはこれ以上の対象拡大を行わない可能性もある。

仮に追加関税がこれ以上拡大しないなら、米経済は輸出依存度が低いため、実体経済への影響はさほど大きなものとはならないだろう。また、中国への直接的な影響は大きいものの、政府が追加の景気対策を打ち出すと見られるため、結局、中国も急激な失速は避けられるのかもしれない。ただ、そうした場合でも、日本経済は少なからぬ影響を受ける。それは、今回の米中協議の決裂を受け、米中の対立の根深さが誰の目にも明らかになってしまったことが背景にある。追加関税が実際にはこれ以上広がらないとしても、多くの経営者は、米中が再び衝突して、追加的な制裁が科される事態に備えて行動するようになり、設備投資などの支出を抑制する可能性が高い。その時、大きな影響を受けるのは、日本やドイツなどの資本財輸出国である。
【クロワッサン】

中国経済は底入れも回復は緩慢か
2019/04/24
世界経済は昨年始めから成長ペースが鈍り、年末以降は一段と減速している。これは、世界第二位の経済規模となった中国で、過剰債務や過剰生産能力を削減するための引き締め策が取られて内需が減速したことと、これに追い打ちをかけるように、米中貿易戦争が深刻化したことが背景にある。中国経済の落ち込みは、輸出を通じて各国へ波及し、昨年末以降、減産や設備投資の抑制が始まる国が増えている。

一方、元凶の中国では、ようやく底入れの兆しが現われてきた。民間部門の減速は続いているが、景気対策の効果でインフラや不動産の投資などが底入れし、セメントや鉄など関連の生産が伸びてきた。では、中国経済はこの先、どの程度持ち直すのだろうか。中国の政策当局は、雇用不安をもたらすほどの景気下振れは回避する方針だが、過剰問題の解決をあきらめたわけでもない。金融緩和やインフラ投資など従来型の景気対策は、効果は大きいものの、過剰問題を悪化させる副作用がある。それゆえ、それ故、景気底入れが見え始めた以上、政策当局が、景気対策を積み増す可能性は低下したと考えられる。実際、金融調節に関しては、早くも緩和度合を後退させる動きが見られ始めてきた。このため、景気対策で下げ止まりには向かうものの、中国が大きく持ち直すこともなさそうである。同国の景気は、4-6月には下げ止まりが明確化し、7-9月から回復が始まるが、そのペースは緩慢なものに留まる、といったところではないか。米国では大型減税の効果が年後半には剥落すると見られており、欧州では政治不安で設備投資が伸び悩んでいる。こうした中で、中国の力強い回復も期待できないとすれば、世界経済は一時的な持ち上がりはあっても、再加速には繋がりそうにない。
【クロワッサン】

悪化する企業・家計のセンチメント
2019/04/10
週初に3月の景気ウォッチャー調査および消費動向調査が公表された。これらは企業や家計のセンチメントを測る調査だが、いずれも大きく低下し、2016年以来の低水準となっていた。後者の消費動向調査の内訳をみると、昨年10月以降、物価が1年以内に大きく上がると考える人の割合が急増しており、今年10月に控えた消費増税がセンチメントを悪化させていることが窺われる。ただ、原因はそれだけではないようだ。第一に、2014年4月の消費増税の1年前にも消費者センチメントは悪化していたが、その内訳である雇用に関るセンチメントは悪化していなかった。今回はそれが2018年初めから悪化している。第二に、前回の消費増税前は、企業のセンチメントは駆け込み需要への期待からむしろ改善していたが、今回はこれも悪化している。今回の家計のセンチメント悪化のもう一つの原因として考えられるのは、中国発の海外経済の減速だろう。輸出や生産は年初から減少しているが、その悪影響が家計部門にも波及してきたということである。それが消費行動にも現われてきたため、年始から消費は冴えず、小売業者などを対象とする景気ウォッチャー調査の家計動向関連DIも冴えない、というわけだ。

では、この先どうなるのか。震源の中国では景気対策の効果で、持ち直しの兆しが現われている。このため、日本の輸出や生産、ひいては家計部門のセンチメントも早晩底入れが期待される。とはいえ、中国では過剰債務が積み上がっており、景気刺激に即効性のあるインフラ投資を拡大すれば、事態の悪化は避けられない。それ故、中国当局は、景気対策の柱は副作用が小さい代わりに即効性を欠く減税としており、この先も大きな回復は見込み難い。こうした中、世界経済の牽引役を担ってきた米国でも、昨年の大型減税の効果が徐々に剥落し始めており、どうやら、日本の輸出は一旦持ち直しても、その後は良くて足踏みとなりそうである。となれば、輸出の回復を起点とした所得増・支出増のメカニズムも期待し難い。こうした中で消費増税が控えるとなれば、多くの増税対策が用意されているとはいっても、家計の財布の紐はかたくならざるを得ない。景気の先行きはやはり明るいとは言い難いようである。
【クロワッサン】

低成長でも悪化しない労働市場
2019/03/27
昨年来、過剰債務対策や貿易摩擦の影響で、中国経済が減速している。これに伴い、世界経済も減速し、日本経済も昨年後半は概ねゼロ成長、2018年年間でも0.8%と潜在成長並みに留まった。ところがこうした中で、就業者数は大きく増加している。2018年は6664万人と前年から134万人増加したが、これは1953年の統計開始以来、最大だった。成長が冴えない中で雇用が伸びた原因は、生産性の低下である。少子高齢化で長時間働く男性正社員が減少し、代わりに、これまで企業が積極的に採用してこなかった学生や主婦、高齢者の採用が劇的に増加した。そうした人々は、労働時間が短かったり、就労経験が乏しかったりすることによって、生産性が低い場合が多い。従来の従業員が一人で行っていた業務を遂行するのに、二人必要になったりする。かくて、生産量は伸び悩んでも、就業者が増える、ということが起こっているのである。

では、このまま景気が減速し続けると、何が起こるのだろうか。企業は労働投入や労働コストの削減を図ることになるが、働き方改革もあって残業時間は既に大きく減っている。このため、まずは、これまで相当に無理をして掻き集めていた採用を減らすのだと思われる。雇用機会が減少し、さすがに就業者数が減ってくることになるが、それでも失業率が上がるとは限らない。前述の学生や主婦、高齢者は、被扶養者だったり、年金受給者だったりする場合が多く、そうした人々は、望ましい勤め先がなければ、失業者とならずに、非労働力化する傾向があるからである。昨年、増加した就業者の4割は70歳以上だが、そうした人々の多くは、そのまま引退するのではないか。言うまでもなく、失業率は景気減速の程度にも左右されるが、2012年のミニ不況の際には、失業率は上がるどころかむしろ低下した。今回もさほど深刻な減速でなければ、同様のことが起こりそうである。
【クロワッサン】

始まらなかったインフレ加速
2019/03/12
2018年後半から日本のGDP前年比はゼロ近傍まで低下しており、需給ギャップの改善はすっかり止まってしまった。インフレ上昇のモメンタムが維持されている、とは言い難い状態だが、そもそも需給ギャップが改善していた頃から、インフレは加速していなかった。散発的な値上げは起こっても、それが経済全体へ広がることはなかったのである。90年代終盤から「上がらない物価」が常態化したため、家計や企業の間にゼロインフレ予想が根付き、よほどの事情がない限り値上げは許されない、という社会規範が出来上がってしまったのだろう。

勿論、ゼロインフレ予想が強固でも、需給ギャップの改善が続けば、いつかは閾値を超えてインフレが加速するはずである。それが一頃の日銀の戦略でもあった。ただ、企業の値上げに対する拒否反応は思いのほか強かった。主婦や高齢者、外国人労働者を大量に採用し、省力化投資を推し進め、客足が少ない時間帯の営業を止めてまで、値上げを阻止しようとなりふり構わぬ企業努力を続けた。その結局、閾値を超えてインフレが加速する前に、景気の方が息切れしてきた、という構図である。

そうした日本で値上げが例外的に許されるのは、消費増税など制度要因を除けば、円安や原油高など、明らかな外的ショックが生じたときである。近年のフィリップスカーブは、需給ギャップが改善しても僅かしかインフレが上昇しないという関係を示しているが、実際には、その僅かな上昇さえ見せかけの相関かもしれない。というのも、2000年代に入って需給ギャップのインフレ率への影響は観察されなくなり、2010年代から微弱な関係が復活するのだが、これは、2007〜2009年に世界経済が大きく改善・悪化し、そのことによって、需給ギャップの改善・悪化と、商品市況の上昇・下落が同時に起こったためかもしれない。インフレに影響したのは主に後者だが、フィリップスカーブ分析上は、あたかも需給ギャップの変動が物価変動を引き起こしたように見えた、というわけだ。世界経済、特に米経済が減速すると、FRBが利下げを実施し円高が進みやすいが、そのことも、日本のインフレを下げる要因となった可能性がある。

つまり、ゼロインフレ予想が根強く、国内要因だけでは物価が動きづらいため、海外要因がインフレを左右しがち、ということだ。足下では、中国主導で景気下振れリスクが高まり、商品市況の軟化も起こりやすい。となれば、やはりインフレ率はますます下振れ気味に推移する可能性が高そうである。そして、こうした動きは既に起こっているともいえる。昨年10月後半から12月にかけて原油市況が急落したが、この影響がタイムラグをおいて波及し、日本のCPIは夏場にかけて徐々に軟化していく公算が大きい。
【クロワッサン】

与信拡大で中国景気は反発するか
2019/02/26
中国当局は2017年秋以降、過剰債務など構造問題の解消に向けた取り組みを強化し、その影響で、同国経済は2018年年初から減速している。つまりある程度の減速は、中国当局には「想定内」だったわけだが、そこに米中貿易戦争の悪影響が加わったことで、想定以上に景気が下振れし、梃入れを余儀なくされている。ただ、過剰問題の悪化をおそれているため、これまでに打ち出された主な景気対策は、企業向けや家計向けの減税、関税引き下げなど、副作用の少ない代わりに景気刺激策としては即効性に欠けるものが多かった。

こうした中、久々に大きく拡大した1月の与信統計に金融市場は湧いた。中国政府による引き締めがついに緩み始め、マネーが経済に行き渡り、同国経済は春以降に再加速する、と楽観視する向きも出てきたようだ。しかし、果たしてそうなるだろうか。中国では債務残高がGDPの2.5倍まで膨れ上がっており、新規融資が増えてもかなりの部分が利払いや債務返済に向かう。また、金融緩和の効果が最も速く顕著に現われるのは、中国の場合、不動産セクターだったが、当局がバブルを警戒し、様々な規制を強化したため、今回はなかなか盛り上がらない。今のところ、過剰債務及び不良債権をさらに増やすリスクを冒してまで、そうした規制を緩めるつもりはなさそうである。与信拡大に象徴される中国当局の景気の梃入れは、成長率を押し上げるほどの効果はやはりないだろう。中国経済の減速はまだまだ続くと見られる。
【クロワッサン】

各国で広がる景気下支え策
2019/02/13
世界経済は2018年始めから減速傾向にあったが、秋口からは成長ペースが一段と鈍化している。原因は複数あるが、最大の要因は中国経済の減速である。当初は、中国当局が過剰債務削減など国内の構造改革に踏み切ったことが、同国の景気減速を引き起こしていたが、秋以降は米中貿易戦争の悪影響も徐々に強まり、減速基調を強めることとなった。中国の減速は、輸出を通じて日本などアジア圏は勿論、欧州にも悪影響を及ぼしており、内需が強い米国以外は、軒並みペースダウンを余儀なくされている。

そうした中、各国の政策当局は、景気の下支えに動き始めている。まず、中国は、過剰債務問題の悪化に繋がりやすいインフラ投資の拡大には慎重であるものの、家計や企業への減税、輸入関税の引き下げ、金融緩和などを、矢継ぎ早に打ち出している。欧州でも政治不安に悩むフランスやイタリアが低所得層向けの支出拡大を予定しており、米国では深刻化する一方だった中国との貿易戦争において、妥協点を探る動きがようやく表れている。何より影響が大きいのが、米FRBが利上げを一旦停止したことだろう。これを受け、世界各国でリスク資産価格が反発し、新興国にも資金が再び流入している。一連の対策により、世界経済が直ちに後退局面入りする可能性は遠のいたように見える。尤も、昨年来の減速の底流にあった、過剰債務を抱えた中国経済の減速や、先進国の景気の成熟化、米中貿易戦争を巡る不確実性、欧州主要国の政治混乱などは、何ら変わっていない。目先はどうにか凌いでも、世界経済は2019年後半までには、減速基調を強めていくと可能性が高いと見る。
【クロワッサン】

難題山積のポイント還元制度
2019/01/30
昨年来、消費増税対策として、様々な財政措置が打ち出されてきたが、目玉はやはり、ポイント還元制度だろう。中小店舗でキャッシュレス決済した際に5%、フランチャイズチェーンなら2%のポイントが付与されるという制度である。もっとも、この制度の効果や費用が最終的にどの程度になるのかは、ひとえに消費者の行動にかかっており、実際のところ誰にもわからない。政府は、9ヵ月あるポイント還元期間に対し、2019年度の6ヵ月分に3千億円弱の予算を付けており、2020年度の残り3ヶ月分との合計で、どうやら4千億円強の予算を投じる心積もりのようだが、根拠のある数字とは言い難い。政府自身が、ポイント還元制度の予算が足りなくなれば補正で対応する、と今から述べている始末である。

仮にポイント還元の費用が想定以上に膨れ上がったとしても、中小・零細店舗のキャッシュレス化が進むのなら、それはそれで良い、と考える人もいるかもしれない。しかし、実際に起こることは、キャッシュレス決済の手段を元々持っている人々が、大型店舗やキャッシュレス未対応の中小零細企業での購入を控え、元々キャッシュレス対応済みの中小店舗(及びネット販売)での購入を増やす、という動きではないだろうか。中小零細企業が新規にキャッシュレス決済のツールを導入したり、2%や5%の還元のために、カードやスマホを始めて持つ人が増えたりする効果より、元々キャッシュレス決済していた人々が、キャッシュレスの範囲を広げる効果の方が大きくなるのは自然だろう。また、ポイント目当ての企業間取引も、(合法・違法を問わず)大きく増える可能性がある。

ポイント還元制度には、財政支出が膨張すること以外にも様々な問題がある。まず、所得水準や消費水準が高い人ほどキャッシュレス決済の手段を持っている傾向が強いため、非常に逆進的な政策である。また、巨額の国費を投じる割に、低所得層への恩恵は小さく、もう一つの目的であるキャッシュレス化の促進についても、費用対効果が検証された形跡はない。さらに、還元対象からカード会社の手数料に至るまで、未だ制度の詳細が固まっていない。10月の導入までにシステム対応は果たして間に合うのだろうか。再三指摘されているように、ポイントを狙った不正行為の横行を防ぐ手段も必要である。これらの難題を解決しても、待ち受けるのは、店舗や商品によって異なる5種類もの消費税率の乱立である。現場の混乱は必至だろう。何故こんな制度になったのかと嘆きたいところだが、とにかく一刻も早く制度の詳細を詰める必要がある。
【クロワッサン】

見えてきた景気拡大局面の終焉
2019/01/15
先日公表された2018年12月の中国の貿易統計は、予想以上に悪い内容だった。輸出が減少に転じたのもさることながら、より懸念されるのは輸入の落ち込みである。中国の製造業PMIは景気拡大・縮小の分岐となる50を12月に割り込んだが、輸入の落ち込みはPMIが示唆する以上に、中国の内需が低調なことをうかがわせる。

振り返ると、世界経済が絶好調だったのは、2018年年始までだった。その頃から、商品市況の高騰、人手不足、金利上昇といった、景気拡大局面の終盤に典型的に現われる成長抑制要因が増え始め、先進国を中心に金融緩和の修正(長期金利の上昇)も進んでいったのである。そこに中国経済の減速が加わったことで、世界経済は2018年始めからペースダウンし始めた。当初、中国経済の減速は、中国当局が過剰債務や過剰生産能力などの構造問題に着手し始めたことにより、もたらされた。しかし、夏以降は米中貿易戦争の悪影響が徐々に拡大、それによって中国の減速の度合いは強まり、12月には深刻さが一段と増すに至ったのである。中国の対米輸出は意外に堅調だが、各国企業の中国での設備投資が急激に減り始めたことが痛い。グローバル企業は、米国による対中関税引き上げに加え、知財保護などの観点で行われるIT企業への相次ぐ制裁も強く懸念しており、中国内での設備投資に極めて慎重になっている。これは中国経済にとって、短期的には勿論、長期的にも強い逆風となる。そしてこうした中国経済の苦境は、昨年同様、輸出を通じて各国に広がることになるだろう。

これに対抗しうる明るい材料は今のところ見えてこない。中国自身、落ち込みを和らげるべく、経済対策を拡張しているが、今のところ目立った効果は現われていない。欧州では、ポピュリストが政権を獲得したイタリアに留まらず、英国ではBrexit、フランスでは激しいデモが混乱を招き、政治は景気を支えるどころか足を引っ張る材料となりそうである。日本も消費増税を控え、米国は追加財政どころか政府閉鎖が解消する目途さえ立たず、年後半には昨年の大型減税の効果が剥落してくる。世界経済の拡大はいつ止まっても不思議ではない状態にある。
【クロワッサン】

2019年は年後半から景気減速か
2018/12/12
2018年7-9月期のGDP統計・2次速報では、実質GDP成長率が年率2.5%ものマイナスだったことが確認された。これには台風や地震など一連の自然災害も影響しており、10-12月期には反発が見込まれる。ただ、そうはいっても、マイナス成長に陥るのは今年に入って2度目のことで、振り返ってみると、年始から景気の拡大ペースは鈍い。中国経済や欧州経済が年始から減速し始め、これに伴い、輸出や生産の拡大が止まったことが大きいのだろう。唯一好調な米国でも、このところ金利上昇の悪影響が徐々に強まっている。今後は大型減税の効果も徐々に減衰するため、米経済も来年後半には減速に向かいそうである。そうなれば、日本では輸出が一段と減速すると共に、唯一堅調だった設備投資の調整も始まる可能性がある。それ以外にも、貿易戦争や欧州の政治混乱など懸念材料を上げればきりがない。

とはいえ、景気の下支えとなる材料もある。まずは、日本政府が消費増税の悪影響を緩和すべく、あらゆる手を尽くしており、教育無償化や国土強靭化、ポイント還元や住宅ローン減税・自動車減税など、増税分を上回る財政支出を予定していることだ。財政健全化という点では本末転倒と言わざるを得ないが、目先の景気には取りあえずプラスである。また、中国でも景気減速や貿易戦争の悪影響に備え、景気対策を強化する動きがあり、輸出を通じ日本にも恩恵が及びそうである。10月に始まった原油価格の大幅な下落も、資源輸入国である日本にとっては朗報である。前述のように、来年は景気の不安材料が非常に多いが、下支え要因も多いことを鑑みると、直ちに減速が始まるというわけでもなさそうだ。当面は潜在成長並みの成長率が続き、来年後半あたりから、米経済の減速と共に日本経済も失速するといったところだろうか。
【クロワッサン】

インフレの芽を完全に摘む原油安
2018/11/27
深刻な人手不足が続く中、企業の人件費負担は緩やかながらも着実に増大している。しかし、それでもインフレが加速する兆しは現われない。企業は値上げで顧客が逃げることを恐れ、省力化投資や低採算事業の縮小による生産性向上、低賃金の外国人労働の活用など、あらゆる手段を駆使して値上げを回避している。10月の全国の消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合(CPIコア)が前年比1.0%、日本銀行が注視しているとされるエネルギーを除くCPIコアは0.4%と、いずれも9月と全く同じであった。日本社会に強固に根付いたゼロインフレ予想は、一向に解消される様子がない。

この先も景気拡大が続き、なおかつ円安や原油高が大きく進むのなら、流石にコスト吸収が限界に達し、人件費を上乗せした価格設定を行う企業も増えてくるだろう。しかし、現実には、円安は進まず、原油価格に至っては急落している。WTI先物は5月から10月半ばまで1バレル=70ドル前後で推移していたが、10月後半から急落し、足下では50ドル程度と20ドルほど水準が切り下がってしまった。CPIと原油市況の過去の関係を見ると、10ドルの原油安が0.1〜0.2ポイントのCPIコアの押し下げに繋がっている。これを機械的に当て嵌めるなら、CPIコアは来年にかけて0.2ポイント程度、下振れする計算となる。

勿論、足下の原油安には、株価の調整やサウジ増産、イラン制裁適用除外の発表なども影響しており、これらの要因が消化されれば、多少は持ち直すのかもしれない。また、欧州や日本など資源輸入国の成長ペースが鈍った原因の一つは交易条件の悪化であり、原油安で交易条件が持ち直せば、これらの国々の成長が下支えされ、それが需要面から一段の原油安を食い止める一助ともなり得る。さらに原油安が続いた場合でも、これまで人件費などのコストを販売価格に転嫁できずに利益が削られてきた国内企業が、直ちに値下げに踏み切るとは限らない。従って、結果的にインフレはさほど下がらない、ということもあり得るが、とはいえ、原油高がインフレ加速の後押しとなることは望むべくもなくなった。日本経済の成長ペースが今年の始め頃から既に鈍っていることを鑑みると、インフレの加速が始まる前に、今次景気拡大局面が終わってしまう可能性がいよいよ高まっているようである。
【クロワッサン】

長期的視点が求められる外国人労働の受け入れ拡大
2018/11/12
今国会の目玉法案は、外国人の新たな在留資格を設ける入管法改正案である。「相当程度の知識や経験を要する技能」を持つ人向けの特定技能1号と、「熟練した技能」を持つ人向けの特定技能2号を、来年4月にも設けるというもので、前者は事実上、外国人の単純労働を解禁するもの、後者は家族帯同や永住への道を開くものとして、注目されている。日本で働く低スキルの外国人労働はこれまでにも増加してきたが、その多くは、技能実習や留学などの在留資格を流用した裏口的なもので、雇用条件が劣悪なことも多く、問題が多かった。新たな在留資格で、正攻法での受け入れに代わるなら、その点は適切だろう。ただ、今回の資格新設に際し、人手不足対応ばかりが強調されているのは気に懸かる。リーマンショック後、好況期に大量に流入したブラジルの日系人が多数失職して社会問題となったことは、まだ記憶に新しい。今回も好況期の需要に合わせて人手確保を焦るのでは、二の舞となりかねない。

そもそも、移民大国である米国の研究によると、低スキル移民の増加は、企業に大きな恩恵をもたらすが、国内の低スキル労働は供給増で賃金が低下するため、総じて見れば恩恵は小さいという。日本は、外国人労働の活用レベルが低い上、少子高齢化による生産年齢人口の減少が大きいため、米国の議論がそのまま当てはまる訳ではないが、所得格差が同様に拡大する可能性は否定できない。このため、低スキルの外国人労働を増やすなら、国内の所得分配策の見直しも必要となるが、今のところそうした議論は進んでいない。また、低スキルの外国人労働や家族帯同が増えれば、欧米のように社会保障給付が増加するリスクがあるが、これも議論が尽くされたとは言い難い。社会保障の本質は、高所得世帯から低所得世帯への所得移転であり、現行制度の下、低スキルの労働が増えれば、社会保障給付が増大するのは元より明らかだった。しかし、配偶者年金の受給資格や健康保険が適用される扶養家族の制限など、ごく入口の議論さえ、ごく最近になって漸く始まったところである。外国人労働の受け入れは、メリットもデメリットも大きいだけに、長期的な視点から慎重に検討する必要がある。拙速は厳禁である。
【クロワッサン】

活発化する通信料引き下げ論議
2018/10/24
携帯電話通信料を巡る議論が活発化している。通信業界は大手3陣営が9割のシェアを握る寡占市場であり、以前から、競争が働かず、料金が割高、という批判は根強い。8月に菅官房長官が「4割値下げ余地がある」と発言したことをきっかけに、俄然注目が高まった。政府は通信料の是正を過去にも度々促してきた経緯があるが、今回は特に強い態度で臨んでいるようである。これは、来年10月に消費増税を控えていることが影響しているのだろう。というのも、仮に4割の値下げが実現するなら、消費者物価は1ポイント弱下落し、家計の実質購買力を1ポイント弱押し上げるからである。これだけで、消費増税で失われる実質購買力の分がほぼ相殺される計算となる。また、「5G」時代となり、データ使用量のさらなる拡大が見込まれることも、政府が料金体系の早期是正を急ぐ背景にある。

とはいえ、通信料金は既に自由化されており、政府が民間企業に値下げを強いることはできない。そもそも、民間企業が高価格を設定しても、消費者が不満ならば他社に乗り換えれば良いだけで、本来は問題がない。通信料が槍玉に上がるのは、単に価格が高いからではなく、競争が働いていないからである。公正取引委員会も、大手3社がスイッチングコストを意図的に高める契約などで、新規参入を阻害している可能性を再三指摘している。従って、政府がすべきことは、競争促進によって、消費者の選択肢を増やすことであり、それによって価格が下がるかどうかは副次的なものとなる。長い間、競争とは無縁であった電力業界は、今や地域や本業を超えた競争が働き始め、値下げやサービスの多様化に繋がっている。通信料についても政府の手腕に期待したいところである。
【クロワッサン】

燻る人民元ショック再来のリスク
2018/10/10
米金利が上昇する中、新興国の多くは自国通貨の防衛のため、景気を抑制する利上げや為替介入を余儀なくされている。こうした中、中国だけは金融緩和を進め、10月8日には預金準備率の引き下げに踏み切った。それでも人民元の急落が避けられているのは、中国当局が厳しい資本規制を敷いているためである。8月初旬までは、米中貿易摩擦の悪影響を減殺するためか、当局は人民元安を傍観していたが、その後は、人民元安を抑制すべく、資本規制や為替相場対策の強化に乗り出した。また、人民元安の急落が抑えられているもう一つの理由は、中国当局がマクロ安定化政策によって、景気の底割れを防ぐと見做されていることである。当局は、米中貿易戦争の悪影響に備え、インフラ投資など即効性の高い政策や、個人所得税、法人税、輸入関税など幅広い減税を打ち出しており、その効果はこれから現われてくる。厳しい資本規制と景気対策によって、人民元安圧力が食い止められるというのが現在の基本シナリオである。

もっとも、中国の政策当局は、短期的に景気を嵩上げする手腕には定評があるものの、金融市場の扱いは不得手であり、介入しては失敗を繰り返している。当局の本音は、金融緩和を進めつつも、経済に混乱を齎す急激な通貨安は回避したい、しかし緩やかな人民元なら大歓迎、というやや矛盾したものだと思われるが、そううまく調整できるものではないだろう。実際、預金準備率の引下げを決めた10月8日以降、人民元安圧力が再び高まってきた。こうしたことを繰り返していれば、いずれは人民元の暴落を避けるため、資本規制をさらに強化する必要に迫られる。資本規制には、長期的な成長のために必要な対内外投資を阻害するという大きな副作用があるが、為替相場の安定と金融政策の自律性と自由な資本取引は鼎立しない、という、いわゆる国際金融のトリレンマからは中国も逃れることはできないのである。おそらく中国は、自由な資本取引をあきらめ、自律的な金融政策と為替相場のほどほどの安定を図るのだと思われるが、それでもさじ加減をひとつ誤れば、人民元は急落しかねない。それが他の新興国からの資本流出圧力を一気に高め、2015-2016年の人民元ショックが再燃するリスクは燻る。
【クロワッサン】

次の3年間の経済政策
2018/09/25
安倍3選が決まったが、次の3年間、どのような経済政策が行われるのだろうか。自民党総裁選に際しての一連の首相発言を振り返ると、まず、2%の物価安定目標については、「一つの指標として目指していくが、目的は実体経済、つまり雇用をよくしていくこと」と述べており、固執はしていないことが窺われる。その一方で、新たに打ち出したのが、「生涯現役時代にふさわしい雇用制度の構築」と、「医療・年金など社会保障制度全般に亘る改革」である。つまり、次なる3年間は、雇用改革などによるサプライサイドの強化や、社会保障制度の持続可能性の向上といった、長期的な課題に取り組むということのようである。

一方、財政引締めについては、やはり行われない可能性が高そうだ。財政赤字の温床でもある社会保障制度の改革を掲げてはいるが、例えば年金支給開始年齢を再び引き上げるといった負担を伴う政策は、今のところ議論の俎上にさえ上っていない。来年には統一地方選や参議院選が控えており、痛みを伴う政策を打ち出すのは難しいのだろう。そもそも、これまでの財政に対する姿勢も、一貫して、引き締めより経済成長で解決を図るというものだった。今回も、高齢者の活用や外国人労働者の受け入れ拡大など供給面での拡大を図ると共に、財政・金融政策は緩め続け、拡大均衡を目指すのだと考えられる。

ただ、経済成長で財政健全化を実現するには、少なくともあと数年に亘って、海外経済の拡大や交易条件の改善といった幸運に相当に恵まれ続ける必要がある。世界経済の拡大期間は既に過去の平均を上回っており、これが続くと考えるのは流石に楽観が過ぎる。世界経済がひとたび減速に向かえば、国内景気の減速や円安の修正から、税収は大幅に減少する。財政再建には至らないまま、道半ばで頓挫する可能性の方が遥かに高いだろう。長期政権の今、好況のさらなる長期化という勝算の低い賭けに乗るよりも、不況が到来しても持続可能な社会保障制度を構築する好機と思われるのだが。
【クロワッサン】

燻る人民元ショック再燃のリスク
2018/08/21
昨秋の党大会以降、当局が金融リスク対策を強化した影響で、中国経済は緩やかに減速しているが、こうした中、米国との貿易戦争も深刻化している。米国は7月6日、第一弾として340億ドル相当の中国製品に25%の追加関税を発動したが、8月23日には第二弾となる160億ドル相当の追加関税が予定されており、9月には第三弾として2000億ドル相当の追加関税が課される恐れがある。さらにトランプ大統領は、追加関税の対象を、中国からの輸入総額に匹敵する5000億ドル相当まで広げる可能性にも言及している。

米国が対中強硬路線を続ける背景には、トランプ政権がグローバリゼーションの影響で中間層から転落した人々に支持されていることがある。それ故、支持層への訴求力が強い貿易戦争は、2020年の大統選挙まで政権浮揚のツールにされる公算が大きい。さらに、トランプ氏の意向は別にしても、国務省や商務省、通商代表部も、国家資本主義体制を取る中国の技術覇権や経済覇権を阻止する目的から、対中強硬路線を志向している。さりとて、中国が米国に妥協して経済覇権を断念し、習近平主席が打ち出した「中国製造2025」などの産業政策を引っ込めることも考えにくい。米中間での妥協は相当に困難である。

貿易戦争の収束に目途が立たないため、中国政府はインフラ投資を柱とした経済対策を打ち出しているが、ここで懸念されるのは、人民元安もその一環とされている点である。米国が利上げを続け、中国が金融緩和を進めているため、米中金利差は縮小しており、元々人民元は、厳しい資本規制がなければ暴落しても不思議ではない状態にある。人民銀行は資本規制を徐々に強化することで、緩やかかつ持続的な人民元安を実現しようと試みているようだが、そうしたスピード調整に失敗して暴落する可能性は小さくない。また、緩やかな人民元安を続けることに成功したとしても、今後はそれによって競争力が低下する他の新興国からの資金流出圧力が強まるリスクがある。米国の利上げで、当初はアルゼンチンやトルコなど限られた新興国から資金が流出したが、次第にインドネシアやブラジルなどにも伝播し、貿易戦争の深刻化と共に、アジアなど政治・経済に大きな問題のない国々でも通貨安が頻発するようになっている。トルコショックで新興国通貨が総じて急落したように、国際金融市場は脆弱性を増しており、人民元安が続けば、2015年夏や2016年初頭のような混乱が再燃するリスクもある。
【クロワッサン】

徐々に顕在化する貿易戦争の悪影響
2018/08/07
グローバル製造業PMIは、7月も3ヶ月連続で低下し52.7となった(6月は53.0)。景気拡大・縮小の分かれ目となる50は超えているものの、昨年末をピークに水準は下がり続け、世界経済の拡大ペースが鈍化していることが改めて示唆される。昨年後半の高成長の反動や資源高、人手不足など原因は複数あるが、これらに加え、貿易戦争の影響も徐々に現れ始めてきた。

貿易紛争を巡る緊張は、米中が互いに報復関税を課した7月上旬に一気に高まった後、米欧間で通商交渉再開が決まったことを受けてやや和らいだ。しかし、楽観が広まったのも束の間、足元では、米国が中国への追加関税の税率を更に上げると表明、中国も対抗措置を打ち出し、米中間での応酬が再び活発化している。トランプ政権はグローバリゼーションの余波で中間層から転落した人々の支持を受けており、2020年の大統選挙より前に貿易戦争の幕引きを図るつもりはないのだろう。そもそも対中強硬姿勢には、中国の技術覇権や経済覇権を阻止する目的も含まれている。それ故、トランプ大統領が仮に翻意したとしても、国務省や商務省、通商代表部がこれを翻す可能性は低い。米中間の貿易戦争が収束しなければ、国境を越えたバリューチェーンやサプライチェーンが張り巡らされた現代では、他の国々も影響は免れない。貿易戦争は、今後も世界経済への大きなリスクとなり続けると見られる。

こうした中、渦中の中国では、貿易戦争の深刻化を受け、政策の重心を構造改革から景気対策に移している。シャドーバンキングの規制を緩め、建設中のプロジェクトへの融資を滞らせないよう銀行に指導することなどで、インフラ投資の主体となる地方政府の資金調達を支援することが柱となるようだ。こうした対策によって、景気刺激に即効性のあるインフラ投資は再加速すると見られ、貿易戦争の悪影響はかなり相殺されそうである。しかし、これらの政策は、当局が進めてきた金融リスク対策に完全に逆行するものである。目先の貿易戦争に対応するため、中国はより大きなリスクを溜め込むということだが、こちらもリスクが顕在化した際には、世界経済にも相当な悪影響を及ぼすことになる。
【クロワッサン】

根強いゼロインフレ予想
2018/07/24
インフレが加速する気配が一向に見られない。CPI統計によると、6月の生鮮食品を除くコアは前年比0.8%に留まり、原油高によって押し上げられたエネルギーを除くと、わずか0.2%となった。政府が価格決定に関与する公共サービスは多少なりとも上昇しているが、一般サービスやエネルギー以外の財は低調で、ゼロインフレに近い状況が続いている。

原材料などの輸入物価は2016年秋から上昇傾向が続いており、人手不足の深刻化で人件費にも増加圧力がかかっているが、それでも企業が値上げに踏み切れないのは、ゼロインフレ予想が相当に根強いことが背景にある。企業は顧客が逃げ出すことを恐れ、原材料価格や人件費が増加しても、値上げを行えないのである。販売価格を据え置くことを至上命題する企業は、そのために様々な努力を行っている。即ち、省力化投資や低採算事業の縮小などで生産性向上を図るとともに、人件費を少しでも抑えるため、高齢者や主婦、外国人労働など、賃金水準の低い労働を徹底的に掘り起こしている。値上げ実現のための努力は常に二の次である。

値上げになかなか踏み切れないため、原油高や円安、消費増税など、社会的に値上げが容認される数少ない機会が到来すると、一斉に値上げが行われる。その結果、家計負担が急増し、消費が落ち込み、企業は、値上げをすればやはり顧客を失う、との認識を強めることとなる。日銀はインフレ予想の引き上げのため、副作用の大きい政策を繰り返してきたが、こうしたゼロインフレ予想が変わる兆候は今のところ全く現われていない。
【クロワッサン】

労働供給の限界は近いのか
2018/06/12
少子高齢化にも拘らず、就業者数は大幅な増加が続いている。特に伸びているのは、65歳以上の高齢者と15〜64歳の女性である。いずれも就業率が大きく高まったが、高齢者については、団塊世代が2012年から65歳に達し、人口が増加したことの影響も大きい。こうした人々の多くは非正規雇用となるが、その時給はデフレ以前の好況期に比べるとかなり冴えない。それでも就業者数が大きく増えたのは、@必ずしも働く必要のない高齢者・主婦は賃金の小幅な変動で就業行動を変えやすい傾向があること、Aスマホ・アプリなどを通じ職のマッチングが簡単になったこと、B人手不足があまりに深刻なため、企業が採用要件を引下げ、短時間労働や未経験者の受け入れ態勢を整えたこと、などが背景にある。

とはいえ、団塊世代も昨年から70歳を超え始め、いつまでも現役ではいられない。また、元々働く意欲のあった主婦層は既に職に就き、本来なら就業するつもりがなかった人まで働き始めている。失業者の就業も進み、失職期間1年未満の短期失業率はバブル期並みの低さとなった。長期失業率も2012年から半減している。一般に、失業が長期化すると、人的資本が劣化し、就業が困難になる傾向が強いが、労働需給の逼迫が著しく、長期失業者までもが就業に至るようになってきたようである。

国内の労働力はかなり掘り起こされた感があるが、こうした中で、まだ限界が見えないのが、外国人労働である。この5年間に外国人労働は60万人も増加したが、途上国の賃金は日本の最低賃金を大きく下回るため、日本で賃上げが起こらなくても、規制緩和や受け入れ態勢の整備を進めれば、流入は続く。政府も外国人受け入れのための規制緩和を着々と進めており、6月にまとめる骨太の方針にも成長政略の一環として盛り込む方針である。ただ、途上国から低スキル労働を大量に受け入れる場合、競合する日本の低スキル労働の賃金が押し下げられる点には、留意が必要である。低スキルの外国人労働が増えれば、企業収益にプラスなのは勿論、中スキル・高スキルの労働者にも恩恵があるが、賃金が下がる低スキル労働への所得分配を行わなければ、格差拡大を引き起こすこととなる。
【クロワッサン】

タイトル:今年も値上げの春とはならず
2018/05/22
4月の全国CPI統計によると、生鮮食品を除く総合(いわゆるコア)は前年比0.7%(3月0.9%)と伸びが鈍り、日銀が注目する「エネルギーを除くコア(いわゆるコアコア)」は僅か0.4%(3月0.5%)に留まった。総じて冴えないが、特にサービスが0.3%(3月0.2%)と低調である。診療報酬改定などで、公共サービスは1.0%(3月0.7%)と幾分上昇したのだが、政府が価格決定に関与しない一般サービスについては0.0%(3月0.0%)と全く上がらなかった。日銀が目指す2%インフレは遥か彼方である。

サービス価格の低迷は今に始まったことではない。ただ、昨年来、人手不足が特に深刻な運送業で値上げがどうにか浸透したため、今年こそは他の業種でも、年度始めの4月には、多少の値上げが実施されるのではないか、と期待する向きもあった。しかし、4月末に公表された東京都区部CPIに続き、5月中旬に発表された全国CPI統計も、そうした期待を一蹴する結果に終わった。多くの企業は、顧客が競合相手に逃げることを恐れ、今春も値上げに踏み切れなかった模様である。昨秋以降、ガソリンや生鮮食品など購入頻度の高い財の価格が上がり、個人消費が低調だったことも、企業に値上げを躊躇させた可能性がある。

景気拡大が続いているのに、何故、インフレが加速しないのか。原因の一つは、賃金上昇の鈍さにある。正社員や労組が雇用安定を重視する余り積極的にベアを求めない、という日本特有の労使慣行もあるが、それだけではない。労働需給に敏感な非正規雇用の時給でさえ、ほとんど加速していないのである。これは、高齢者や女性の就労が思いのほか進んだこともあるが、近年は、外国人労働の影響も大きい。外国人労働の大量流入によって労働供給が押し上げられ、それが潜在GDPや潜在成長率を上昇させるため、比較的高い成長でも、需給ギャップがさほど改善せず、それゆえインフレ率がなかなか加速しない、というメカニズムが働いているのである。政府はますます深刻化する人手不足を受けて、技能実習生の滞在を延長するなど、外国人労働の受け入れをひっそりと拡充しており、こうした構図は当分変わりそうにない。足元では、米国の保護主義的な政策や原油高、新興国からの資本流出など、様々な景気下振れリスクが浮上しており、景気拡大局面もそろそろ終盤に差し掛かってきたようだ。賃金上昇やインフレ率が低いまま、次の後退局面を迎える可能性は高まっているように見える。
【クロワッサン】

世界経済の拡大はピークを越えたか
2018/05/09
米国主導の世界同時好況は、そろそろ最終局面に差し掛かってきたようである。グローバル製造業PMIは昨年後半に大きく上昇したが、今年は年初から低下し、4月にようやく下げ止まった。下がったとはいえ水準は高く、拡大局面が続いていることに変わりはないのだが、成長のモメンタムは明らかに鈍りつつある。これは、天候など一時的な要因だけによるものではない。長い間、景気拡大が続いたことで、世界各国に残っていた経済の「弛み」が解消され、急ピッチでの成長を続けるのが難しくなってきたのだと見られる。例えば、世界的な需給ギャップの解消から資源価格が上がりやすくなり、足元では、地政学リスクも相俟って原油高が企業のコストを押し上げている。先進国では人手不足によって増産が難しくなる国が現われ、企業や家計の支出を刺激していた超低金利や株高も修正されつつある。既に成長のピークは過ぎ、大きなショックが発生しなかったとしても、景気拡大は1〜2年のうちには終焉するだろう。

一方で、下振れリスクはますます増えている。最大のリスクは中間選挙を控えたトランプ政権の保護主義路線だ。貿易戦争に至らないとしても、貿易取引や投資の不確実性が高まれば、企業のセンチメントが悪化し、投資は抑制される。それが景気拡大の終焉を前倒しで終わらせるリスクは十分にあるだろう。ただ、こうした中で、意外に下支えとなりそうなのが中国である。中国自身、過剰債務や不動産バブルなど様々な問題を抱える上、米国の保護主義的政策の最大の標的となっているのだが、これによる景気の悪化を見越し、当局は従来の構造改革路線から景気刺激路線へと、早くも舵を切り始めたようである。たとえば、3月末には市場金利を押し下げ始め、4月には預金準備率を引き下げ、5月には増値税の大規模減税を打ち出した。景気下振れリスクが現われた途端に構造改革を放り出して景気を全力で支えていては、改革は一向に進まないが、少なくとも目先は、中国が世界経済の下支えとなる可能性がありそうである。
【クロワッサン】

中国経済に新たな過剰の芽
2018/04/23
中国の3月の経済統計を見ると、インフラ投資を中心に固定投資は鈍り、生産も減速気味だが、個人消費はやや持ち直してきた。中国経済はおおむね底堅い推移が続いている様子である。同国では、短期的には景気を下押しするシャドーバンキング対策や過剰な生産能力の削減、不動産バブル対策、環境対策など構造改革が続けられているが、今のところ、景気が急減速する兆しは現われていない。これは、改革によって景気が失速しないよう、数々の目配りが続けられているためだろう。4月には人民銀行が預金準備率の引き下げを打ち出した。米国との貿易摩擦は予断を許さないものの、今のところは、中国政府は景気の急減速を回避することにうまく成功しているようである。

もっとも、景気に配慮し過ぎると、改革が十分に進まないリスクが高まるのが悩ましいところである。固定投資が低調な中でも、日本から中国への資本財輸出は大幅に増加しているが、この背景には、中国政府が国内でサプライチェーンを完結すべく、半導体産業の育成に多額の資金を投じ、IT関連投資が急拡大していることがある(「中国製造2025」の一環である)。地方政府の間では、IT関連企業の誘致合戦も見られる。かつては、地方政府の指導部が自らの人事評価を高めるために、インフラ投資を積み増し、成長を高める熾烈な競争を繰り広げていたが、成長率の高さより質を重視する意向を明示する習近平指導部の下で、そうした動きは収束し、代わりに起こったのが、この国家主導のIT投資ブームなのだろう。これが景気をサポートする大きな要因ともなっている。ただ、中央政府の意を汲み、地方政府が一斉に同じ方向を向いて投資を行えば、新たな過剰設備が積み上がるリスクは高まる。将来的には、ローエンドの半導体を中心とした、新たな供給過剰問題が引き起こされる可能性がある。
【クロワッサン】

意外に大きい働き方改革の影響
2018/04/10
厚生労働省の毎月勤労統計では、1月確報より、調査サンプルの大幅な入れ替えが行われた。単なる定期的な統計のメインテナンスである。ただ、入れ替えの影響を把握するための参考として、継続して調査対象となっている事業所だけで作成された試算値が合わせて公表されたことで、意外な事実が明らかになった。昨年の残業時間が、同一事業所サンプルで見ると、減少しているのである。公式統計では、過去数年の傾向に反して増加していたが、どうやらそれは、サンプルの入れ替えに伴う統計の誤差であったらしい。

2017年といえば、1%弱と言われる潜在成長率を大きく上回る1.7%もの経済成長が達成された年であり、人手不足も深刻だった。そうした中で、何故、残業時間が減少するのだろうか。一つには、少子高齢化で働き盛りの男性正社員が減少し、労働時間が短い高齢者や女性の就業が増えたことがある。ただ、高い成長だった昨年でさえ残業時間が減った背景には、働き方改革の機運が高まったことも影響した可能性がある。長時間労働の是正を図り、またそれを実現するため、業務を分散すべく短時間労働者を雇ったことが、一人当たりで見た残業時間の減少に繋がったのだと思われる。こうしたことは、多かれ少なかれ起こっていると元々推察されてはいたが、公式統計ではサンプルによる上振れが生じたことで、その影響がかき消されてしまっていた。働き方改革の関連法案が今国会で成立するかどうかは雲行きが怪しいが、民間企業の間では、マクロ経済に影響を及ぼすほどの変化が着実に起こっているようである。
【クロワッサン】

ステルス値上げが示す企業の値上げ嫌い
2018/03/28
2月のCPI(生鮮食品を除く総合)は3年半ぶりに1%の大台に乗ったが、その半分はエネルギー価格の上昇によるものだった。国内のインフレ圧力は未だ鈍い。原因の一つは、持続的な物価上昇に繋がる賃金上昇が鈍いこと、もう一つは、値上げを極端に嫌がる企業心理である。販売価格を上げれば競合他社に顧客が逃げ、売上が落ちるとの恐れは相当に根強い。後者を象徴するのが、「ステルス値上げ」だ。SRI一橋大学消費者購買部指数によると、POSデータを用いて算出した価格指数は2017年に0.1%下落したが、内容量などの変化を調整した単価指数は0.7%と小幅ながら上昇していた。両者の乖離が、表示価格を上げずに内容量を減らす実質的な値上げ、いわゆる「ステルス値上げ」である。

企業は90年代後半以降、原材料や物流などのコストが嵩む局面では、人件費を削ることによって他のコストを吸収してきた。しかし、労働需給の逼迫でそれが難しくなり、代わりに内容量を減らす実質値上げが行われている。高齢化や世帯人員の減少で内容量の少ない商品への需要が高まっていることとも合致しているのだろう。ただ、こうした「ステルス値上げ」が反映されれば、CPIはもっと上昇しているとの議論も耳にするが、それは誤解だ。CPI統計や小売物価統計では、調査対象となる品目の数量や重さ、大きさ、銘柄などを指定した調査がかなり多い。上述の単価指数は容量が調整されているが、そこから更に品質なども調整され、「ステルス値上げ」はかなり捕捉されているのである。それでもCPI統計が示すインフレ率が低いのは、シンプルな話で、サービスなどの価格が伸び悩み、実際のインフレ率が低いからである。ちなみに、3月12日の週のSRI価格指数は前年比0.0%、単価指数はマイナス0.1%であり、足元では「ステルス値上げ」さえ進んでいない。円安の影響で食品などの値上げが繰り返された2014年〜2015年には両者の乖離が大きく拡大していたが、現在はそうした動きさえ見られない。
【クロワッサン】

世界経済の拡大はまだ継続するのか
2018/03/14
昨年後半、世界経済の成長ペースは一段と加速した。各国でかなり高い成長が達成されたため、年明け以降はその反動が現われ、幾分ペースダウンすると見られるが、拡大基調が完全に崩れることはない。これが筆者を含め、世界経済に対する大方の見方だろう。ただ、世界経済の牽引役の一つであった株高が、2月初旬以降、動揺するようになってきたのも事実である。原因の一つは、秋の中間選挙に向け、米トランプ政権が支持率回復のための政策を相次いで打ち出していることだ。昨年末には、米経済が完全雇用の状態であるにもかかわらず、異例の大規模減税を成立させ、その後も巨額のインフラ投資計画が模索されている。拡張的な財政政策の実現に金融市場は反応し、インフレ懸念から長期金利が上昇し始め、株価を動揺させている。また、年明けからは、太陽光パネルなどへのセーフガードを発動、続いて鉄鋼やアルミの輸入関税を導入するなど、保護主義的な政策が立て続けに導入されている。こうした政策が今後も推し進められるとすれば、各国の報復を招き、世界貿易が萎縮、世界経済が失速するのは間違いない。また、輸入関税によって米国ではインフレ圧力が高まるが、それは長期金利の上昇、ひいては株安に繋がる。実際には、それほど効果の大きい輸入制限が取られない可能性も十分にあるのだが、そうした懸念が広がるだけで、不確実性の高まりが企業のセンチメントを悪化させ、株安や投資抑制に繋がることはあり得る。今のところ、多くの国の内需・外需は揃って堅調で、深刻な過剰問題を抱えている国も少ないことから、世界経済が直ちに失速することはないと思われる。しかし、終わりの始まりは見えてきた、というところだろう。
【クロワッサン】

生鮮食品高、再び
2018/02/13
年初まで個人消費を取り巻く環境は改善していた。まずは、バブル期以来の労働市場の需給の逼迫を受け、失職懸念がすっかり後退、そこに株高も加わり、消費者センチメントが高水準で推移していた。また、高齢者や女性の就労で世帯ベースの収入が緩やかに増加し、これも追い風となった。しかし足元では、雲行きが急速に怪しくなっている。

始めに起こったのは、ガソリンや灯油などエネルギーの価格上昇だった。昨秋来の原油高で値上げが始まり、現在も上昇傾向が続く。さらに12月頃からは、天候要因による不作で生鮮野菜や果物の価格が急騰、2月に入った現在も高止まりが続いている。生鮮食品高は2016年11月にも起こったが、当時は11〜1月頃にかけて消費が抑制された。今回は1〜3月にかけて悪影響が現われそうである。これらに加え、例年以上の寒さも消費を下押ししたと見られる。通常、冬らしい寒さは衣料品を中心に冬物商材への需要を高め、消費にはプラスに働くことが多い。しかし今回は、昨秋来、気温が低い状態が続き、秋冬物の購入が前倒しで進んだため、冬物商材に対する需要がこれ以上大きく喚起されることはなさそうである。むしろ、低すぎる気温や大雪が仇となり、外出を控える人が増え、それが消費の抑制につながると見られる。1月の景気ウォッチャー調査でも、家計関連の景況感は軒並み大きく悪化していた。ちなみに、同調査が実施されたのは、株高が続いていた1月下旬であり、2月の株価の急落の悪影響は織り込まれていない。1-3月期の消費は冴えない結果に終わり、春先まで悪影響が残る可能性もありそうだ。
【クロワッサン】

世界貿易のリスク
2018/01/30
昨年後半、日本の実質ベースの輸出は大幅に増加した。最も好調なのは電気機器であり、春先に調整したスマホ関連の需要が急伸し、牽引役となった。また、一般機械も世界的な資本財需要の拡大を受けて大きく伸び、輸送用機器も欧州向けや中国向けが堅調である。輸出が好調なのは日本に留まらない。世界的に輸出入が拡大し、これが相互に成長を高める構図となっている。2011年から2016年半ばには、世界の貿易取引が世界のGDPの伸びを下回り、スロー・トレードと呼ばれて注目されたが、今では貿易量の伸びが再びGDPの伸びを上回っている。

世界貿易が復調した背景は何か。最大の理由は、バブルの後遺症に悩まされていた新興国経済が、2016年夏頃から持ち直してきたことである。これに加え、先進国でも緩和的な金融環境を追い風に株高が続き、家計や企業の支出を押し上げ、成長が加速した。iPhoneXの不振など懸念材料はあるが、世界経済の拡大を追い風に、日本の実質輸出は総じてみれば増加傾向が続きそうである。

輸出の見通しは当面は明るいように見えるが、一つ懸念されるのが、秋に中間選挙を控え、トランプ政権が保護主義的政策を実行に移し始めたことである。1月下旬には太陽電池などを対象にセーフガードを発動し、これに反発した中国・韓国がWTOへの提訴を表明する事態に発展している。NAFTA交渉も混迷し、落としどころが見えない。中国との関係悪化やNAFTA脱退が現実味を帯びれば、貿易相手国は勿論、米国自身も株安やビジネス・センチメントの悪化を通じ、悪影響を被るのは必至である。保護主義的政策の応酬が強まれば、日本がその槍玉に上がらなくても、世界貿易は再び萎縮し、日本経済に大きな打撃を与えるリスクがある。
【クロワッサン】

意外に増加する労働力
2017/12/26
有効求人倍率は1.56倍と1974年1月以来の高水準を記録し、新規求人倍率は2.37倍と過去最高を更新した。人手不足が深刻なため、企業は待遇の良い正社員の採用を積極的に増やし、正社員の有効求人倍率も1.05倍と過去最高を更新した。失業率も2.7%と1993年11月以来の低水準である。労働需給が逼迫していることは間違いない。

ただ、水準は極めて低いものの、失業率の下がり方は、実は鈍い。日本の潜在成長率は1%弱と言われるが、今年に入ってから日本経済はその倍以上である年率2%超の速いペースで成長しており、さらに、少子高齢化で働き盛りの年齢層の人口も減っているのだから、本来なら、失業率が大きく低下しても不思議ではない。しかし実際には、失業率は今年2月に2.8%へと低下した後は、概ね横ばいで、前述のように11月も2.7%とほとんど下がっていないのである。これは、労働供給が意外なほど増えていることが背景にある。11月も就業者数は15万人も増加していた。人口減でも就業者が増えるのは、高齢者や女性の就業が活発化していることもあるが、これに加え、外国人労働者が増加していることも大きく影響している。人数の多い団塊世代が70歳を超え始めたこともあり、高齢者の就業者はそろそろ増加ペースが鈍ってきそうだが、女性と外国人の就業はまだ増加する余地があり、労働需給の逼迫を多少なりとも和らげる可能性がある。
【クロワッサン】

ネット販売の拡大が抑えるインフレ上昇
2017/12/12
10月の全国CPI統計によると、CPIコア(生鮮食品を除く総合)は前年比0.8%(9月0.7%)と小幅ながら上昇した。ガソリンなどエネルギーが伸びを高めたことが背景にあり、残念ながら、日銀が注目する新型コア(エネルギーを除くコア)は0.2%と前月から変わらなかった。全国に1ヶ月先駆けて公表される11月の東京都区部CPIから判断すると、11月の全国も10月と同じ0.8%に留まりそうである。景気拡大が長期化しているが、物価は相変わらず冴えない。

この最大の原因は、CPIの半分強を占めるサービスの価格の低迷である。年度下期が始まる10月には、外食チェーン大手や宅配最大手が値上げに踏み切ったが、それでもCPIサービスは0.0%と上昇しなかった。労働需給に敏感に反応する非正規雇用の時給は前年比2%台半ばのペースで上昇し、外食や宿泊、運輸など労働集約的な産業では人件費の増加が深刻な負担となりつつあるのだが、販売価格にそれを転嫁する動きは未だに限定的である。

日本のインフレは確かに上がりにくいとはいえ、現在のように労働需給の逼迫が続けば、我慢の限界を超え、値上げの動きが急速に広がることも起こり得る。そうした動きがなかなか始まらない背景には、ネット販売と既存店舗との競争が激化していることもある。日本のネット販売の利用は諸外国に比べればまだ低調だが、ここにきて急速に拡大している。その結果、家電や衣料品を始め、多くの財に影響が広がり始めており、実店舗の値上げを難しくする一因となりつつある。先行研究によると、日本は米欧や中国などに比べ、実店舗よりネット販売の方が割安なケースが多いとされるが、ネット販売の利用世帯が増えるにつれ、実店舗の価格が抑制される形で、価格差の縮小が進むと見られる。実店舗の受難の時代と低インフレの時代はまだ続きそうである。
【クロワッサン】

外国人労働は人手不足の切り札となるか
2017/11/21
日本の就業者数は2012〜2016年の4年間で185万人増加した。この間、少子高齢化の進展で、生産年齢人口と呼ばれる15〜64歳の人口は390万人も減少しており、これだけ就業者が増えたのは快挙といえる。ただ、就業者が増えた最大の要因は、2012年に65歳を超え始めた団塊世代が、その前の世代に比べて働き続けたことだった。そして、その団塊世代は2017年には70歳を超え始め、そろそろ健康上の理由からも、労働市場からの完全な引退を考える人が増えてくることとなる。今後も女性の労働参加は増えると期待されるが、団塊世代の引退が広がり、高齢者の就業が増えにくくなったとき、日本の労働供給はどうやって賄われるのだろうか。

今のところ、その解の一つは外国人労働者となりつつあるようだ。外国人労働者は過去4年間に40万人も増加し、就業者数の増分の実に22%を占めている。外国人労働に対する日本政府の方針は、「高度人材は歓迎、単純労働はお断り」というものだが、実際には、留学生制度や技能実習生制度を利用して、単純労働に従事する目的で入国する外国人は後を絶たない。深刻な人手不足を背景に政府もそれを歓迎している節がある。とはいえ、抜け穴的手法で就労する外国人の労働環境は劣悪なことが多い。諸外国からも強く批判されており、放置すれば、日本で働くことの魅力が失せ、流入が滞る可能性がある。外国人労働は、経済的見地だけで論じることのできない問題だが、なし崩し的に黙認するというスタンスを取り続ける限り、将来的にも安定した労働供給と考えることはできない。
【クロワッサン】

党大会後の中国景気
2017/10/24
今年、中国では国を挙げて景気対策が実施された。これは、人事が刷新される5年に1度の共産党大会に合わせ、好景気を創り出すためである。インフラ投資を中心とした景気刺激を繰り返し、目先の成長に悪影響を及ぼす構造改革は極力先送り、金融市場の安定のために規制を強化した甲斐あって、党大会で報告された7−9月期のGDPは前年比6.8%と、政府目標の6.5%を上回る高い伸びを達成することとなった。折しも海外景気も好調であり、中国経済は堅調に推移している。

しかし、その共産党大会は10月24日に閉幕した。「兎にも角にも景気優先」の季節は終わり、いよいよ過剰なレバレッジや不動産対策、環境問題など長期的な課題への取り組みが本格化されるとの声もある。それに伴い、景気の急減速を懸念する向きもあるようだ。ただ、政権運営にとっても最も重要なのは、常に景気の安定である。党大会が終われども、景気失速回避が最重要課題であることに変わりはない。足元の成長率が高いため、庶民の不満が強い不動産バブル対策や公害対策などの改革は多少進められると見られるが、景気減速が鮮明化してくれば、これらの改革も直ちに抑えられる公算が大きい。実際のところ、中国では過去に何度も不動産バブル対策が打ち出されてきたが、景気が減速を始めた途端に、骨抜きにされてきた経緯がある。今回は違うと言える理由は見当たらない。結局、党大会後も、景気を下押しするリスクを伴う構造改革は貫徹されず、インフラ投資による景気のサポートもある程度は続けられるのではないか。それ故、脆弱性を抱えつつも、中国経済は当面、堅調を維持すると見られる。
【クロワッサン】

金融緩和でタガが外れる財政規律
2017/10/10
9月28日の衆院解散以来、政局の変化が目まぐるしい。一時の大混乱はどうにか収まり、各党の政策や公約にも目が向き始めてきたが、どうやらいずれも問題含みである。まず、各党とも現役世代・将来世代への社会保障を手厚くすると謳うが、その財源については曖昧である。また、2019年10月に予定される消費増税については、凍結か使途の組み替えかが争点となり、予定通り借金返済に充てると主張する党はない。いや、厳密に言えば、消費増税を行うのは、現状の社会保障制度の維持にさえ財源が不足しているためであり、増税分は、既存の債務を減らすというよりは、新規の借入を抑えるために充当される予定だった。つまり、債務残高ではなくプライマリー赤字を削減するための財源である。これを凍結ないし転用するということは、赤字国債を増やし、将来世代につけを回すということに他ならない。将来世代への歳出のために、将来世代の借金を増やしていたのでは、本末転倒である。高齢者に偏る現行の社会保障制度を現役世代・将来世代にも広げることは確かに重要な視点だが、政治的に不人気な増税ないし歳出削減で財源を手当てしないのであれば、ただのバラマキに終わってしまう。

財政規律がこれだけ緩むようになった原因の一つは、やはり日銀の金融政策なのだろう。日銀が長年にわたって超低金利政策を続け、さらに近年では長期金利の抑制まで始めたことで、財政規律が崩れても、市場は一切の警報を鳴らさなくなった。どれだけ借金を増やしても金利は決して上がらないとの慢心が、政治家に止めどもないバラマキを許しているように思われる。
【クロワッサン】

広がる世界経済拡大の恩恵、懸念は持続力
2017/9/26
グローバルサイクルは回復基調を強めており、OECDは世界経済の見通しを、2017年3.5%、2018年3.7%へ上方修正した。これは、2011年以降で最も高い成長率である。また、春先に調整していたITデジタル・サイクルも、iPhone新製品や年末商戦向けのスマホ需要の拡大も加わり、復調しつつある。こうした中、日本の輸出も再び増勢が強まってきた。日本銀行試算の実質輸出を見ると、8月は前月比3.0%と大きく増加、その水準は、リーマンショック前の2008年3月以来の高さとなっている。8月の輸出を押し上げたのは、米国向けの自動車や関連部品、スマートフォン用などアジア向けの半導体などであり、前者については、米国内の自動車販売が減少気味なことを考えると、拡大は続かないかもしれない。しかし、後者の半導体を含む電気機器は、年末商戦向けの需要拡大も加わって、さらなる増加が見込めそうである。また、資本財や素材など、それ以来の財も好調な世界経済が追い風となりそうだ。日本経済は輸出にサポートされ、当面は回復基調が続くと見られる。

但し、世界経済の拡大を支える要因の一つは、世界的に緩和的な金融環境であり、これは既に変わり始めている。まず、FEDのメンバーの多くは年内に追加利上げを行うことを想定しており、ECBも10月にはQE縮小に向けた動きを示すと見られる。カナダは既に2会合連続で利上げを実施しており、英中銀も今後数ヵ月以内に利上げをしたいとのシグナルを発している。米国を始め多くの先進国は、景気が好調であってもインフレが低く、それ故、金融引き締めのペースは緩慢に留まる公算が大きい。したがって、長期金利は上がらず、国内経済への引き締め効果は限定的で、同時に、新興国から資金流出を引き起こすことにも繋がっていない。とはいえ、こうした状況がいつまでも続くわけではない。米経済は既に完全雇用に到達しており、ユーロ圏も回復基調を強めているため、今後も引き締めを続けていくことは避けられないと見られるが、先進国とは対照的に、新興国・資源国は、最悪期こそ脱したものの、景気は未だ脆弱で、多くの国は巨額の外貨建て債務も抱えている。世界的に金融環境が引き締め方向に向かう中、それらの国の景気がいつまで耐えられるのか、今後より注意が必要になってくる。
【クロワッサン】

残業規制で所得は大きく減るのか?
2017/9/12
働き方改革法案が秋の臨時国会に提出される。同法案には、残業時間の上限を月60時間とする規制も盛り込まれるが、これが実現すれば、残業代が失われ、家計の所得が激減すると懸念する向きもあるようだ。実際にどの程度の影響があるのか、以下、概算してみた。まず、月間の所定内労働時間は平均133時間であり、60時間以上残業すると、就業時間は193時間を超える。これに該当する雇用者は全体の2割程度であり、60時間を超過する残業時間が全体に占める割合も2割ほどである。マクロベースで考えると、年268兆円の雇用者報酬のうち、6%強が残業代であり、残業時間ひいては残業代が2割減れば、268兆円×6%×2割=3兆円強、雇用者報酬の1.2%相当額が減少することとなる。激減とまでは言えないが、やや大きめの額ではある。

もっとも、この残業時間は労働者の自己申告ベースであり、サービス残業が含まれている。残業時間が60時間を超える人はサービス残業も相当に多いと見られるが、サービス残業がいくら減っても、所得は減らない。また、60時間超の残業によって支えられていた業務の一部は、残業時間が60時間に満たない他の社員によって肩代わりされ、新たに雇われた人によっても担われることとなる。そうした人々に残業代や賃金が支払われれば、60時間超の残業が減ったことで失われた所得の一部が相殺される。これらを考えると、実際の家計の所得の減少は意外に少ないものとなりそうだ。サービス残業が減る一方で、所得がさほど減らないのであれば、時給は上がる。むしろ朗報と感じる労働者も多いかもしれない。
【クロワッサン】

スイート・スポットにある新興国経済
2017/8/8
米景気が拡大する中、欧州では回復基調が強まり、日本でも潜在成長を上回る成長率が続くなど、先進国経済は好調に推移している。先進国に牽引され、世界の鉱工業生産の拡大ペースは実に昨年の2倍となった。一方、こうした回復にも拘らず、先進国のインフレ率や賃金の伸びは鈍い。このため、いち早く金融政策を引き締めに転じた米国でも利上げのペースは緩慢で、ユーロ圏はドイツなどから批判の多い量的緩和の縮小を年内に打ち出せるかどうかといったところ、日本に至ってはゼロインフレで将来の引き締めを検討することすら遠い夢となっている。かくて先進国の好況にも拘らず、世界にマネーは溢れている。

この恩恵を最大限に受けているのが新興国である。資源バブルや新興国バブルの後遺症に悩み、近年まで低成長が続いていたが、国内で過剰債務などの調整が進む中、好調な先進国経済と緩和的な金融環境が大きな追い風となってきた。また、米国が利上げを始めてもそのペースが鈍いため、ドル安気味となっている。これは、新興国へのグローバルな資本流入を促すと共に、ドル建てで取引されるコモディティの価格を押し上げ、資源国の交易条件を改善させることにもつながっている。さらにドル安は、米ドルと人民元を事実上ペッグさせる中国経済の動揺を抑える効果もあるが、資源消費大国である中国の安定は、他の新興国、資源国の経済にも大きなプラスである。もっとも、先進国景気が一段と過熱すれば、インフレ率が上昇しなくても、行き過ぎた株高など金融不均衡のリスクが高まってくる。そうなれば、各国中銀は引き締めを強化せざるを得ないだろう。新興国は今、スイート・スポットにあるが、それは絶妙なバランスの上にあり、いつまでも続くものではない。
【クロワッサン】

上向く製造業循環、高まる人民元リスク
2017/7/25
世界の製造業循環は、昨年後半から今年年初にかけて回復基調を強めた後、しばらく足踏みが続いた。これは、中国が春先に過剰なレバレッジなどの対策を強化したことに加え、iPhone7 の効果一巡や中国における中低価格帯スマホの在庫調整から、ITデジタル関連の需要拡大が一服したことが背景にあった。しかし足元では、欧米で堅調な景気の回復が続く中、懸案の中国は拡張財政にサポートされて失速を回避し、ITサイクルにも再加速の兆しが現われてきた。既にIT産業が集積する台湾では、iPhone8関連の部材などの出荷が本格化しつつあり、夏場以降は年末商戦に向け、スマホの新製品に関連した需要が全般的に拡大してくる公算が大きい。ITデジタル関連の世界的な需要の拡大は今後も継続し、グローバル・サイクルの回復のモメンタムは強まりそうである。

もっとも、景気が堅調であるならば、各国の中央銀行は金融引き締めを強化することとなる。実際、既に緩やかな利上げ局面にある米国に続き、カナダも7月に利上げを実施、イングランド銀行は早期の利上げを示唆し、ECBは量的緩和の縮小を模索するなど、先進各国で金融引き締め方向に動き出す中銀が増えてきた。問題は、こうした影響が新興国、特に中国にも及ぶことである。中国はこれまで、米ドルと人民元を事実上ペッグしてきたが、それを維持するため、資本規制を強化すると共に、米国と同じかそれ以上に金利を引き上げてきた。今後、米国が引き締めを強化すれば、為替相場を維持するために、中国は更に金利を引き上げる公算が大きい。しかし、中国経済は米国と異なり、過剰問題を抱え、何とか財政で景気を下支えしている有様で、金利上昇に実体経済がいつまで耐えられるかはわからない。グローバル景気が明るさを増しているのは朗報だが、それがもたらす先進国の利上げが、中国人民元の問題を再燃させるリスクがある。
【クロワッサン】

ようやく明るい兆しの見えてきた賃金動向
2017/6/13
賃金上昇が鈍いと言われ続けているが、4月の現金給与総額は前年比0.5%と比較的高い伸びを示した。このうち、所定内給与は0.4%と2ヶ月ぶりにプラスに戻ってきた。これは、パートタイム労働者の所定内給与が1.0%と上昇した影響である。ここまでの数字は月給ベースだが、時給換算すると、パートタイム労働者の所定内給与は2.7%とかなり高い伸びとなる。過去、リーマンショックなどで労働時間が激減し、時給が急上昇したことはあるが、比較可能な1994年以来、好況期にこれを上回る伸びが観察されたことはない。4月の有効求人倍率は1.48倍と、バブル期のピークを超え、1974年2月以来の高水準に達しており、極めてタイトな労働需給が、パートタイム労働者の時給を押し上げている。

一方、一般労働者の所定内給与は0.0%と引き続き冴えない。単純に時給換算しても0.4%と、パートタイム労働者よりかなり低い伸びである。正社員が含まれる一般労働者の賃金上昇が鈍い理由は複数あるが、とりわけ影響が大きいのは、大企業を中心とする終身雇用的な制度の下にある組合や従業員が、ベースアップを必ずしも強くは求めていないことだろう。ベアで固定費が増加すれば、業績悪化につながり、安定した雇用維持に悪影響を及ぼす懸念があると考え、必ずしも賃上げに積極的ではないのである。今年度の春闘も、事前予想こそ上回ったものの、昨年並みの0.3%程度に留まり、加速は見られなかった。とはいえ、転職が多い中堅・中小企業の賃金は、労働需給により敏感に反応する。人手確保のため、今年の春闘でも大企業を上回る賃上げ率で妥結する企業が複数現われてきた。今後はパートタイム労働者に続き、中堅・中小企業の一般労働者の賃金が徐々に伸びを高めそうである。賃金上昇が加速するのは、そう遠くない話かもしれない。
【クロワッサン】

一段と逼迫する労働需給
2017/5/30
4月の完全失業率は2.8%と3ヵ月連続で横ばいだった。これは、1994年6月以来の低い水準である。内訳を見ると、より良い就業機会を求めて転職する人が増え、失業率の分子である失業者が2万人増加したが、分母である労働力人口も増加したため、失業率の悪化が避けられている。就業者が女性を中心に増加していることを考慮すると、内容は3月よりむしろ良好といえるだろう。ただ、月によって振れはあるものの、労働力人口のトレンドは昨年後半から頭打ちとなってきたようにも見える。これまで労働力人口は、高齢者や主婦など労働市場から退出していた人々の就業が進んだことによって、少子高齢化にも拘らず増加していた。しかし、意欲のある人の多くが既に職に就く一方で、一番の牽引役だった団塊世代が今年から70歳に到達し、健康面から引退する人が徐々に増えつつある。このため、労働力を増やすことは限界に近づきつつあるのかもしれない。主婦や高齢者など労働時間の短い労働者の増加によって、一人当たりの平均労働時間が減り続けているため、総労働投入(一人当たりの総労働時間×就業者数)は元々ほとんど増えていない。労働力人口の増加に歯止めがかかってくれば、総労働投入は維持することさえ困難になり、人手不足に拍車がかかることとなる。

労働需給が極めて逼迫していることは、求人動向からも改めて確認される。4月の有効求人倍率は1.48倍と、ついにバブル期のピークをも上回り、1974年2月以来の高水準となった。有効求人数が前月比0.7%2ヵ月連続で増加する一方で、有効求職者数はマイナス1.6%と3ヶ月連続で減り続けている。人手不足で既存のサービスを縮小せざるを得ない企業も現われており、労働移動の多い非正規や中小企業を中心に、賃金上昇圧力はより高まっていくと見られる。
【クロワッサン】

アクセルとブレーキを踏む中国
2017/5/16
年明け以降、中国の地方政府は景気対策に本腰を入れており、2017年1Qの成長率は政府目標を上回るほど加速した。ところが、失速リスクが後退したと見た中央政府が、今度は過剰なレバレッジや不動産バブルの抑制に乗り出したため、4月はこの影響でやや減速したようである。景気や構造問題のバランスを取るべく、中国当局はブレーキとアクセルを踏んでおり、やや神経質に見えるが、この背景には、今秋に重要人事を決める5年に1度の共産党大会が控えていることがある。党大会に向けて、景気安定、国内金融市場の安定を演出するため、中央政府も地方政府も躍起になっているのである。

ただ、これらを同時に安定させるのは、今の中国では至難の業である。国内金融市場の安定を目指して、過度なレバレッジの解消やシャドーバンキング対策、バブル対策を続ければ、その影響で景気は下押しされる。最優先課題は、目先の景気の安定であるため、景気減速の兆候が現われれば、過剰問題への対応は打ち切らざるを得ない。ちなみに、人民元相場の安定も掲げられているが、為替介入で人民元相場の安定を図れば外貨準備がさらに減少し、国内金利の上昇で対応しようとすれば、景気を冷やす恐れがある。結局、中長期的には弊害の大きい資本規制が中心とならざるを得ない。資本規制は、企業活動を阻害し対内外の投資を縮小させる上、余剰資金を国内に溢れさせ、不動産などのバブルを助長させるが、短期的な景気の下振れには繋がらないためである。中国は兎にも角にも党大会まで景気の安定を保つと見るが、その代償は小さいとは言い難い。
【クロワッサン】

春闘は意外に堅調
2017/4/11
今年度の春闘の回答平均は2.05%と、2016年度の2.10%に迫るものだった(3月29日時点の連合集計)。2.05%のうち1.8%程度は定昇部分で、いわゆる賃上げに該当するベアは0.25%前後程度と見られる(昨年は0.3%)。耳目を集める大企業製造業の昨年度の業績が円高で冴えなかったため、当初、今年度のベアは昨年を下回るとの見方が大勢を占め、ベアゼロを予想する向きさえあったのだが、意外にも健闘しているようである。また、今年の春闘では、大企業を上回る賃上げを受け入れる中小企業も散見された。

元々、大企業は終身的な雇用形態の従業員が多いため、経営者や株主のみならず、従業員自身やその利益を代表する組合自身が固定費の増加につながるベアを強く要請しない傾向がある。しかし、労働移動が比較的多い中小企業では、人材を引き止める必要があるため、賃金は労働需給により敏感となりやすい。日々の報道でも確認されるように、人手不足で既存事業・サービスの継続さえが困難になる企業が増加しており、その一方で、待遇改善を求めて転職する人は増加している。中小企業の賃上げは始まったばかりだが、広がりを見せるのは時間の問題だろう。

とはいえ、人件費の増加で収益が圧迫されれば、企業はいずれ販売価格を引き上げることとなる。2014年頃から円安を理由に値上げを実施するケースが増えてきたが、これは、円安だけが理由ではなかった。人件費が増加してきたからこそ、円安による値上げが避けられなくなったのである。かつては円安が進んでも、人件費を抑えることでコストを吸収し、値上げを見送る企業が多かったが、今後、円安や原油高が進む事態となれば、インフレ率は思いのほか速いペースで上昇してくる可能性がある。
【クロワッサン】

財政規律が緩むユーロ圏
2017/3/21
ユーロ圏では、雇用・所得環境の改善が続き、新興国の持ち直しやユーロ安で輸出も増加、景気回復のモメンタムが強まっている。こうした中、原油市況の反発と相俟ってインフレ率は2%まで上昇し、ECBは年明けにも資産購入プログラムの減額に踏み切るとの見方が広まってきた。もっとも、金融政策が引き締め方向に向かう一方で、財政支出は拡大傾向となる可能性が高そうである。これは、選挙の季節を迎える欧州各国で、拡張財政を好むポピュリスト政党が躍進していることが背景にある。ポピュリスト政党が必ずしも政権入りする可能性が高いわけではないが、既存政党がそれに対抗すべく、財政に頼る傾向が見られる。

今年初の主要選挙はオランダ下院選だったが、事前予想に反し、極右の自由党はやや失速、第一党にならなかった。とはいえ、4-5月には国際社会への影響が遥かに大きいフランス大統領選が控える。最新の世論調査によると、無所属のマクロン前経済産業デジタル相が首位(支持率25.5%)、僅差で極右・国民戦線のルペン党首(25.0%)、中道右派のフィヨン元首相(17.5%)、社会党のアモン氏(13.5%)、左翼党のメランション氏(13.0%)がこれに続く。これらの候補は、マクロン氏を除くすべてが、財政赤字がユーロ圏の定めるGDP比3%の基準を当面上回ることを容認している。また、マクロン氏も将来の財政改善は高い成長を前提としており、多かれ少なかれ、フランスの財政は拡張方向に舵が切られる可能性が高そうである。さらに、インフレと共に拡張財政を毛嫌いしてきたドイツにも変化の兆候が見られる。9月に連邦議会選挙が行われるが、財政拡張に肯定的なシュルツSPD新党首が今やメルケル首相を上回る支持を集めているのである。米国は、トランプ政権下で、金融引き締め・拡張財政のポリシーミックスが選択されたが、ユーロ圏も程度はかなり落ちるものの、同じ方向へと向かいつつある。為替相場は現在、やや円高気味だが、欧米の政策で円安に振れるリスクは燻っている。
【クロワッサン】

全人代に見る今年の中国の経済政策
2017/3/07
中国は3月5日に開幕した全人代で、今年の経済成長率の目標を「6.5%前後」とする方針を示した。昨年の成長目標は6.5〜7.0%、実績値は6.7%であり、今年の目標はこれを下回る。尤も、経済の実力である潜在成長率は5〜6%程度と見られ、目標を下げたと言っても、実力をかなり上回る成長を目指していることに変わりはない。リーマンショック以降、中国は高すぎる成長を維持しようと試みる余り、大規模な金融緩和や拡張財政を続けてきたが、その結果、膨大な過剰ストックや過剰債務が発生し続けている。習近平主席はこの問題を十分に認識し、無理に成長を高めることの弊害は大きいと就任直後から度々警告してきたのだが、その同氏の下でも成長目標を身の丈に合った水準に下げることは未だ実現していない。

今年の成長見通しを下げるのが困難だった背景には、秋に5年に1度の重要な人事が予定されていることがある。中国共産党は2010年〜2020年までの10年間に、所得を倍増する目標を掲げており、そのためには6.5%以上の成長を維持することが必要となる。これを下回る目標を設定すれば、人事を控えた重要な時期に、政敵に付け入る隙を与えることになるというわけだ。習氏は、集団指導部体制の中でも一段高いポジションにあることを示す「核心」とされ、権力基盤の強化が窺われるが、それでも、成長目標でリスクを冒すことはできなかったのだろう。事情はともあれ、今回の成長目標が意味することは、中国は今年もまた、実力を大きく上回る成長を維持すべく、インフラ投資や減税を繰り返し、バブルを醸成して資源配分を大きく歪め、生産性を低下させる政策を取り続ける、ということである。目先の成長を高めるために、潜在成長率をさらに低下させるという悪循環が、今年も続きそうである。
【クロワッサン】

消費低迷の元凶
2017/2/21
天候不順による生鮮食品の価格高騰は、家計の実質購買力を押し下げ、昨秋以降の個人消費を抑制した。もっとも、消費が低調なのは今に始まった話ではない。2012年末にアベノミクスが始まって以来、好調といえたのは最初の1年だけで、その後は低迷が続いている。この間、雇用所得環境は改善が続いていた。となれば、やはり元凶は物価高だろう。2012年末から2015年半ばまで続いた円安による輸入物価の上昇と、2014年4月の消費増税が物価を押し上げ、家計の購買力を損なったのである。2014年末には原油市況の下落が始まり、国内でもエネルギー価格は急落したが、円安の影響で、2015年末頃まで食料品などの値上げが繰り返されたため、家計の購買意欲は戻らなかった。

とはいえ、何故、物価上昇が消費にそれほど大きな悪影響を及ぼすようになったのか。これは、高齢化が影響している。世帯主が60歳以上の高齢世帯による消費支出は、2004年には全体の36.4%だったが、10年後の2014年には50.4%を占めるに至った。高齢世帯の61.2%は無職、19.9%は個人営業などで、勤労者は18.9%に過ぎない。円安で業績が改善し、輸出企業などで賃金が上昇しても、恩恵を受ける人が減っているため、消費が刺激されず、円安による物価高の悪影響だけが前面に現われる格好となっているのである。

ちなみに、2016年は年初から円高が進み、エネルギー以外の財価格も低下したが、それでも消費は冴えなかった。その原因の一つは、2016年1月末に日銀が打ち出したマイナス金利政策だろう。マイナス金利導入で長期金利は大幅に低下、金融システムや年金制度への懸念が広がり、株安が助長された。銀行の預金金利はマイナスにならなかったが、終身保険や個人年金保険の発売停止が相次ぎ、家計は将来の金利収入への期待を喪失、センチメントは悪化し、消費が抑制されたのである。

今後、米国では、拡張財政と継続利上げが行われる見通しだが、これはトランプ政権の意図に反してドル高円安を引き起こす。その場合、米産業界が自国の中銀のみならず、円安を助長する日銀をも批判するのは想像に難くない。ただ、それだけではなく、日本国内でも円安が家計の購買力を損なうとして、日銀批判が起こるのではないか。日米から政治的な圧力を受け、日銀は長期金利の誘導目標を早期に引き上げる可能性がある。
【クロワッサン】

何故、賃金は伸び悩んでいるのか
2017/2/7
2016年の実質賃金は5年ぶりに増加したが、その伸びは前年比0.7%と冴えず、さらに0.2ポイント分は原油安などの物価下落によって嵩上げされたものだった。日本経済は2014年年初に完全雇用の状態に突入し、その後も人手不足は深刻化するばかりだが、何故、賃金は伸び悩んでいるのだろうか。

原因は複数あるが、まずは数字上・統計上の問題について見る。企業はここ数年、人手確保があまりに困難なため、短時間しか働けない主婦や高齢者であっても積極的に採用するようになった。この結果、平均労働時間が短くなっている。ところが、日本の代表的な賃金統計である毎月勤労統計は、一人当たりの「月給」を調べる統計であるため、労働時間が短い人の増加によって「月給」が減った場合でも、賃金が減少したと認識されることとなる。次に、これも人手不足に起因するが、採用難の企業は、効率の低下に目を瞑り、短時間労働者のみならず、必ずしも適性が高いとは言えない人材をも雇い入れている。この結果、時間当たりの生産性の向上は滞る傾向にあり、これも賃金を抑制している。最後に、就業者の6割を占める正社員が、雇用の安定を重視する余り、企業の固定費の増加に繋がるベアの引き上げを強く主張していないということがある。ここ数年、ベア引き上げに最も積極的なのは、労組ではなく首相官邸であった。

とはいえ、昨年12月の新規求人倍率は2.18倍とついに1991年2月の水準に並んだ。1963年の統計開始以来、この2.18倍を上回ったのは1973年だけであり、こうした異例の人手不足を前に、賃金上昇に弾みが付くのも時間の問題ではあるだろう。現時点では、労働需給に最も敏感に動くアルバイトやパートの募集時時給の伸びが一段と高まる様子は見られず、2017年春闘も前年度の業績を反映して、冴えないものとなりそうであり、直ちに賃金上昇が加速することはないと思われる。しかし、グローバル景気の回復モメンタムが強まる中、輸出主導で日本経済も回復が続くのであれば、年内に様相が変わってくる可能性は十分にあるだろう。
【クロワッサン】

ドル高から逃れられない米製造業
2017/1/24
米大統領選後、トランプノミクスへの期待からドル高が急進したが、年明け以降はやや調整している。トランプ大統領が保護主義的な主張を変えないことも、ドル安の材料とされているようである。もっとも、保護主義的政策を含め、同氏が主張する政策は、一貫してドル高を惹起する性質のものである。まず、大規模な減税やインフラ投資がドル高をもたらすことは論を俟たないだろう。とりわけ、完全雇用下にある今の米国で実施されれば、インフレ圧力が高まり、FEDもより多くの利上げを行わざるを得なくなる。財政拡張と金融引き締めのポリシーミックスが、第一期のレーガン政権でドル高を惹起したのと同じ構図である。

保護主義的政策については、まだ具体策が明らかにされていないが、今のところトランプ氏は、特定国に高率の関税を課すことや国境税の導入に言及している。これらは、容易には実現しないだろう。まずは、WTO違反となる可能性が高い上、最大の貿易赤字先である中国に、米国製品の不買運動や中国内の米国企業への制裁など、強力な対抗手段があるためである。ただ、仮に実現する場合には何が起こるか。おそらくは、ドル高が起こる可能性が高い。第一に、これらの政策は米国の財・サービスに対する需要を相対的に高めることでドル高が進む。第二に、これらの政策は、輸入物価を押し上げ、米国の物価高に直結し、これもドル高に繋がる。第三に、同氏の思惑通り、生産拠点が米国に回帰した暁には、既にタイトな労働需給が一段と逼迫し、これもインフレ圧力を一段と高める。インフレを阻止すべくFEDが金融引き締めを行い、ドル高が進むため、米国の製造業が競争力を取り戻す、という話にはならない。

掟破りのトランプ大統領は、ドル安が望ましいと公言するかもしれない。その場合、実際にドルが下落するリスクも否定はできないが、当然にして、輸入コストの上昇からインフレ圧力は加速し、FEDはより多くの利上げを行うこととなる。最終的にはドル高に戻るだろう。ちなみに、FEDがインフレ高進を容認し、緩和的なスタンスを続ければ、ドル高は阻止されると思われるかも知れないが、名目ベースのドル高が阻止されたとしても、インフレの上昇によって、実質ベースのドルは結局のところ押し上げられる。いずれにせよ、米国の製造業が直面するのは、通貨高による輸出競争力の低下である。
【クロワッサン】

トランプ相場、日本の消費にも追い風に
2017/1/10
トランプ次期米大統領は、大規模な減税やインフラ投資を高らかに掲げるが、仮に実現する場合でも、それが実体経済を押し上げるのは、早くて今年半ば以降となる。とはいえ、トランプノミクスに対する期待から、金融市場では株高が進展、それによって家計や企業のセンチメントが大きく改善し、早くも米国では内需が刺激され始めている。そして、遅ればせながら日本でも、株高の恩恵が広がる兆候が表れてきた。

今後半年間の見通しについて家計に尋ねた消費動向調査によると、12月の消費者態度指数(季節調整値)は3ヵ月ぶりに改善した。11月は前月差1.4ポイントの悪化だったが、12月は2.2ポイントもの改善となっており、ここ2ヶ月はかなり大きく変動している。11月8日の米大統領選後から日本でも株価が上昇したが、11月の消費動向調査においてセンチメントが改善どころか悪化したのは、株高が始まって間もない15日に集計され、株高が十分に織り込まれていなかったためだった。さらに11月は、天候不順で生鮮食品の価格が急騰し、これも足を引っ張った。一方、12月は株高の影響が本格的に織り込まれ、また、生鮮食品の価格高騰が一服してきたため、センチメントの大幅な反発につながったのである。

もとより、日本国内の雇用情勢は良好で、名目賃金は緩やかながらも増加し、そうした中で、原油安と年前半の円高によってインフレ率が低下、実質所得が拡大している。元々、消費が持ち直す素地は徐々に形成されていたのであり、そこに株高が加わったことで、個人消費は早晩持ち直しそうである。消費動向調査における2017年1-3月期のサービス等の支出予定について尋ねたサービス支出DIについても、DIを構成する6系列(「家事代行サービス」、「スポーツ活動費」、「レストラン等外食費」、「自己啓発」、「コンサート等の入場料」、「遊園地等娯楽費」)のすべてが改善し、2013年4-6月期以来の水準まで持ち直してきた。とはいえ、個人消費は一本調子の回復ともなりそうにない。米大統領選後には円安や原油高も進んでおり、これらはいずれ物価を押し上げる。これまでのように名目賃金の上昇ペースが緩慢であれば、実質購買力が再び損なわれることとなり、消費の足を引っ張る可能性がある。
【クロワッサン】








※不定期で寄稿しています。
※クロワッサン氏は、外資系金融機関の女性エコノミストです。