
明るい面や暗い面、一個の人間は様々な顔ををもつ。その複雑さが人間をひきつける。
また、格言にも左の顔があれば右の顔もある。
時に誇張されるこよもあることが、その複雑さを呈している。
宮本武蔵の残した言葉。ひとたび相場という真剣勝負に臨んだ際には、結果としてそれが失敗に終わったとしても後悔するべきではないという事。仕掛けた時にそれなりの研究をしていれば後悔しないものです。
失敗は成功の母といわれるように、失敗をして後悔するのは当然でありますが、なぜ失敗したかを振り返って反省すれば、次回の成功のもとを探すことも可能となります。失敗したことからこそ貴重な教訓を見出すことができるのです。
いうまでもなく相場に参加する際には資金が必要です。教育資金や老後の資金などに手をつける事は避けなければならないことはもちろん、余裕のある資金で参加する事が基本です。思惑がはずれて損する事をも考慮に入れた資金計画をたてる事が必要となります。なくなれば困る様な資金を投資すべきではありません。
たとえば50万円の証拠金でもって、5万円の証拠金の商品を10枚仕掛けるなどということはしてはならないことです。相場は当たるだけではなく、外れることもあるものですから、たとえ思惑が当たっていても、アヤ押し・戻りなどで追証がかかることもあり、初心者であれば当初は3枚程度にとどめ、熟練者であっても5枚程度留めたいものです。どこまで損してもよいかという損益線を事前に決めておくことも大切な事。
手持ち資金には絶えず余裕を残しておかなければならない。粘ろうとしても金のきれめが何とやらになってしまう場合も多々あるもの。
「柳の下のどじょう」ではありませんが、前回の成功事例が今回においても通用するとは限りません。むしろ逆となる場合が多いもの。経験への過信が大きな流れに逆らった目先感覚での建玉となり失敗につながる事が多いのです。「あや」戻しを取りに行く建て玉は絶対に避けたいもの。
相場を仕掛けるに際には「当りはずれは世のならい」という心境を持つべきであります。当ったからといって有頂天になることなく、また、はずれたからといってくじける必要もありません。
読んだそのもので、二度や三度の失敗でへこたれてはならないということ。
相場で連戦連勝、百戦百勝はまずできないもの。十回中六度思惑が当たれば満足すべきです。逆にいえば二度、三度の失敗でくじけてはならないということ。
相場は意地になって固執したところで自分の思惑通りになるものではないのです。逆に意地をはれば冷静な判断ができなくなるもの。自分の相場観にこだわり過ぎると、頑張って頑張り抜いた挙句に投げ踏み終ったところで相場が出てくることになるわけです。相場は相場に聞かなくてはいけません。
あまりにも有名な格言。相場はあらゆる材料を織り込みながら下動しているものです。下がるだろうと見た相場が上昇するようであれば、別な要因によって動いているのですから、虚心になってなぜ逆に動いているかを相場に聞かなければならないのです。
よく経験することですが、往々にして相場は常識的な動きとは逆の方向に動くもの。自らの相場観へのこだわりを感じた時は、思い浮かべてもらいたい格言の一つ。
一般的に人生においては運・鈍・根の三つが成功の秘訣だいわれる。しかし、それ以外にも「慎」ともいうべきものが必要となる。つまり、成功しても慎重さが必要となるのです。
「ルーレットは記憶を持たない」と同様に著名な言葉。突き詰めれば相場の手法も売りと買いしかないわけで、確率的には五分五分である。それだけに必勝法はないわけです。
相場は小すくいという行為もありますが、往々にして小さく儲けて大きく損する事が相場ではよく見かけられます。小利しか得られない人の利食いは早く、損切れは遅くなっているものです。相場で成功するためにはその逆をしなければならないのです。
相場を仕掛ける際には、どこまでいったら仕掛けるあるいは手仕舞うなどの価格を予め決めておくものですが、実際に指値の価格が出ると、その時の相場の勢いや材料などに惑わされて指値を取り消してしまう事がままあります。考えてみると、事前に冷静に考えた上での指値なのですから、時の状況によほどの激変がない限りは指値注文は残しておくべきものなのです。
相場を行うに当たっての心構え。相場では一旦敗れれば命から二番目のものが消え去ってしまうことになります。生半可な気持ちでは対処してはならないのです。
相場ほど理論、データ、人気通りにいかないものはありません。無論コンピュータでも解く事はできないのです。相場をしていればいつでも新しい事態との出会いがある事からも、相場に卒業はないということが出来るでしょう。
一時的には仕手相場、腕力相場などといった事も見られる相場ではありますが、いずれはそれも需給の反撃にあってつぶれてしまうものです。また、材料やケイ線などあらゆるものを分析して相場を解ったという自信を得たとしても、絶対その通りには動きません。99%見極めた相場でも残りのわずか1%でひっくり返されることがある。
一般のギャンブルと違って相場は売買という商行為そのものであって、儲けたか損したかはその結果に過ぎません。勝った負けたということを言う事は相場を理解していない証である。
相場で大損を経験した人は相場の怖さ冷酷さを身にしみて知るものです。それがあって初めて相場に真剣に打ち込むことができることになるわけです。
相場とは自分が買い方であれば売り方を、弱気ならば強気を敵にまわしての戦いです。戦は戦う前に勝つのが筋本道、敵を知り己を知れば百戦危うからずと同じで、自分と反対のポジションがどのような状況かを知ることも大切なのです。
神頼み、つまり人任せになった時は、十中八九損をするものです。ジンクスと神頼みは別ものです。
七転八起という言葉もにもある通り、幾度となく失敗した人でも断念せず立ち上がることができれば最後の最後には起き上がることができるものであります。
理論などを熟知していくら売買しても儲かったとしても机上であれば意味がありません。だから実際の商いをしなければならないのです。
相場は生き物であり変化するのは当然のこと。柔軟な思考を持って接しなければ勝ち目はありません。常に強気・常に弱気というのは考えものです。
相場は最初の仕掛けがもっとも大事なものであります。仕上げよりもどこで仕掛けるか、そのタイミングが何よりも大事で、相場においてはそれが特に言えるわけです。
相場は仕上げよりも仕掛けであります。それだけに仕掛けるタイミングは非常に難しいものです。その上、仕掛けるとなれば大胆にやらなければチャンスは逃げ去ってしまうものなのです。
売買を仕掛ける場合には損を最小限にとどめる事が肝要です。そのためにはどこまでの損金で止めようという心構えを予めたてておき、自己の思惑に反した時は機械的に手仕舞うことが大切なことです。つまり、売買注文を出した時は逆指し(損切り)の注文を同時に出しておくくらいの心構えが必要だというになります。
「思いつき商い後悔の因」ともいいます。わずかなニュースや相場の上下に惑わされ、とびつき売買をするようですと余程のタイミングでなければ利は生まれないものなのです。
安易な気持ちで相場に対処して損を重ねると、最後にはどうしてこうなったのだろうという反省から正しい判断ができるようになるもの。
仕手戦、仕手相場の本質を鋭く指摘したものといえます。仕手が相場を仕掛けた段階では時流に乗っていますが、その終末期において仕手は自己の玉を生かすため振い落しなどの手を打つこともあります。「1割、2割は世の変動、3割以上は人の変動」というのがありますが、人の変動につられないようようにしなければならないのです。
相場が一割、二割動くことはよくあることです。しかし、三割以上となると仕手あるいは何らかの人為的行為よって動くものであり、相場がひとつの限界線にきていることを示すものです。つまり、「三割高下に向え」となるわけあります。
買値から3割も上がれば有頂天になり、もっと上があると手放せなくなくなるもの。反対に買いたいと思った位置から3割も下がれば怖くて手が出ず、最高の買い場を逃してしまいます。3割と言う数字は人の心を動かし易い数字かも知れません。一般に3割は相場の転換点となる事が多いのも事実です。買いはともかく、売り場だけは逃さない事が大切です。
「三猿金銭録」に出ている格言の一つである。順商内というのは思惑が当たった時という意味で、自分の思惑通りの相場展開になったときは一気に仕掛けることが必要であり、それが勝利につながるとしています。
「上がる理と皆人ごとに極めたる、大小ザヤには売りの種まけ」の反対対句。この相場は下がるとみて売り込まれている相場において逆に人気に逆らって割安を買うつもりで買っていけということを示しています。人の意見が一致しているときはそれは間違いであるという例証のようなものです。
無論、資金が豊富であればそれだけの玉を建てることは可能であります。玉をはわすこと自体は容易にできるますが、手仕舞う事は簡単にできないものなのです。大玉をはわすと自己の玉の重みでつぶれてしまうこともあります。
相場とは往々にしてムダがあるもの。これ以上の高値をつければ誰も消費できない。あるいはこれ以上の安値をつければ原料代も出ないということが解っていても、相場は理論的な高値・安値を行き過ぎてしまうものです。行き過ぎたところこそ売買の絶好の仕掛け場だというわけ。
売り方が踏んでいる時はどうしても相場は急上昇を演ずるもので、売り方が踏み終われば・・・と解っていながらもなかなか売りきれないものであります。しかし、こういう場面では火中の栗をとるつもりで売り出動せよと教えているのです。
勢いよく上げた相場が、行きつかえて初めて押し目らしい押しが入った。この押しは材料のいかんにかかわらず買いを入れよと昔からの経験則に基づいた言葉。特に本格的な上げ相場となったら、絶対に買い付くべしとまでいわれる。
「仕掛けは恐る恐る」と似たような格言。仕掛けたあと仕上げる時はここと見たらすぐ手仕舞えということです。それが後悔をせずにすむ事に繋がるのです。
天井売りというのは天井を見極めてから売るものであり見越して売るものではありません。たとえていえば山の下り端を売るということが必要で、天井を確認して下った相場を売り出動するものなのです。同様に底も見極めて買うものであり、底を見越してから買うのではないわけです。
相場の天井や底を確実に捕らえる事は不可能です。売った後に大きく上がると、人は「損をした」と言います。しかし利を得た後に更に上がる売買は、損から遠ざかった確実な売買と言えます。なぜなら売った後急落する様な売買は大きな危険に出会う可能性があるからです。余り欲を出さない事が大切です。
大相場というのはそうそう出るものではないですが、大相場であればあるほど、押し、戻りもまた大きくなるものです。それだけに相場というものは小取りの機会は多々あるもので、それをとっていけばやがて大をなすもの。賭け事もそうだが、小さくとっているうちについて大きくとれるものである。
順境(相場が当たっている時)には逆境(相場がはずれた時)のことを思い、また、運悪く逆境に至ったときは我を忘れるのではなく、どうすれば手仕舞えるかを考えるようにしなくてはなりません。損玉を持つと意地づくになることが多いのですが、そうならないようにしたいものです。
下げ相場というのは一気可成に進むものであり、ためらっているとその相場は終わってしまいます。一方、上げ相場というものは日柄をかけてジックリと上昇するものであり、「初押し買うべし」とたとえられているように、買い場は数度に渡って訪れるものです。相場の上下動の原則の機微をとらえています。
一度建玉するとその損益が気にかかるもの。そして、利が乗っていれば早めに手仕舞いたくなるし、損をしていれば手数料損のところあたりで手仕舞おうと胸算用して、結局は利は薄く損をしてしまうのです。仕掛ける段階で損益分岐線を考えておかなければなりません。
大きな相場と見定めた時に小さくとることを考えると、目先の勝ち負けのみに目を奪われて、結局大相場をとることができず小利で満足してしまうことになってしまうものであります。
大きく相場をとろうとするものは小さな利などでは動ぜず、ほったらかしにしているように見えます。目先の利を追っかけることを考えないものです。
利益を確保することは相場の最終目的です。利益が出ていて相場も見込み通りに動いているなら、現状を維持しなくてはなりませんが、そのうちに迷いが出てくるものです。そのようなときは躊躇せず「利食いせよ」ということである。
年柄年中、相場を追いかけていると、それほどの仕掛け場でなくとも仕掛けてしまうものです。相場は毎日働くものですから、自分の仕掛け場と思われるの時が到来することを待ちたいものです。
売買をして手仕舞った時にはひとまず相場は休むべきという事。休むべしの方に重点をおいた格言。
相場は売買しなければただの傍観者です。ともあれ、ひとたび相場をやると毎日建玉を建てておかないと不安になってしまいます、そうなった時に限って冷静に相場を見る余裕がなくなっているものです。そこでぜひ必要なのが休むという行為で、相場は休むことによって勝利を得られるのです。休むに力点をおいた格言。
相場の動きは経済界の見通しによって動くものではありません。無論、大背景としては動きますが、景気の波は参考程度にとどめて相場そのものの足取りをよく研究しなければならないとしています。
相場はいくら強い上げ足のものであっても、青天井ということはなく、いつか下落するものです。
相場は上がれば下り、下がれば上がるの繰り返しです。
相場の上げ足が強くなってくると、買いたい弱気とでもいうのか買い遅れた筋が押したら買おうとしてきます。買い気が強く市場に残っていることから売り方としても売るに売れず買い物が出尽くしてからとみるものです。このため、相場は意外と押しそうで押さず、上値に躍進してしまうものでなのです。もっとも後でその分だけ大きく下押すか天井打ちするものであり、目先観として通用する格言だといえます。
相場はベースとしては需給で動くものです。しかし、人気相場という言葉があるように、人気がリードし始めた相場であれば人気の波に乗るべきであります。また、人気に逆向かいという格言もあるように人気に逆行して売買することもあり、人気も無視できない大きな要因となっています。
相場を測ることはできません。転じて相場の変動は何人も予測することはできないということ。
高下駄を履く:天気が悪い→不作・凶作などの連想から、天候商品などにおいては買いたがるものですが、逆にそうした強い根拠のないものには売り向かわねばならないということ。
話し上手より聞き上手の方が相場においては成功する模様。聞き上手というのは人の意見だけではなくデータなども調べるものです。話し上手というのは自分の相場観にこだわって人の意見などを聞かなくなっている場合が往々にしてあります。
「言う者は知らず知る者は言わず」という格言もあるように、とかく相場を語り、断定的な物の言い方をする人は、実際は相場を知らないものです。こういうものに対しては余り信頼せず対処すべきです。
これは「三猿金泉録」の由来の言葉である。総強気で相場が上昇している時はこれに巻き込まれることなく売り場を探し、下落しているときには買い場を・・・となる。人に言わないというのは言うことによって確信になってしまうこともあるし、反対意見を聞いて動揺することもあるからです。平常心を持って相場に臨めという趣旨。
相場師といわれる人は孤独を愛す−というと格好よく聞こえますが、簡単な話三猿を実践すれば否応なしに孤独になってしまうものなのです。
両者とも似たようなことをいっています。討論・助言などで運良くその通りになればよいが、そうでなければ恨まれることになります。それ以前に討論・助言で相場観を変えるようではどうにもなりません。
相場を動かす根本の原因はいうまでもなく需給関係にあります。取組・人気・仕手などによって目先的には動くこともありますが、背景にはやはり需給があり、最終的に相場を動かすのも需給に尽きるのです。期近は現在の需給を、期先は将来の需給を映しており、今後の需給動向を予測して相場に臨む事は当然のことであります。
市場においては荷余りという状態になっているときは、その圧迫で相場は押しつぶされいるわけですが、同時に安値で需要が拡大され、在庫投資が行われているときでもあります。つまり下げは上げの芽をつちかっているのです。相場の表と裏は異なります。
凶作であれば物がないので価格は高騰しますが、高騰すれば消費者は必要以上に買わないようなりますので、意外と足りてしまうものです。商品価格の弾性を述べたものといえます。
工業製品においては春闘などのストライキによって生産が減るからなどとみて、行過ぎた強材料視することもありますが、実際のストライキは会社がつぶれるまで行われる事はないし、ストライキ終結後は減産分を取り戻すべく増産を図りますので過大な材料視をすることはできないものであります。
これは田附将軍の言葉といわれています。材料などが一般に知れ渡った時には相場はそれを織り込んでしまっているものです。たとえば減収予想などで買われていたものが、実際に減収と発表された時には、相場はすでに上値確認となってしまっていることなどは誰しも経験することであります。減収発表は発表された時点で過去の数字となっているものです。「材料は織り込まれたら終わり」とほぼ同意の格言。
相場は材料によって動くといいますが、相場を取り巻く実際の環境には強弱材料が混然としているものです。そして、いざ相場が動き始めた時に材料のみがクローズアップされのです。つまり、材料が相場変動の後から出てくるというわけです。しかしこれは本来の意味からするとおかしな事です。相場では本来、売りと買いの材料をよく分析してから売買に出動すべきものです。後から出るのは繰り言と後悔であり、材料を先取りするのが本筋なのあります。
相場は毎日動くものです。予想と違った動きだといってみた所でどうなるものでもない。相場を待つことはできるが、相場に待ったをかけることはできません。
これは「兜町は明日ある」と同義語です。売買を仕掛ける時は決して急いてはならず、仮に自分が信じた通りの相場展開にならなかったとしても、それをくよくよすることなく、次のチャンスを待てということです。人は勧誘されるとすぐ仕掛けたくなるものですが、決してそういうことをしてはならないという意味でもあります。投機というのは機に投ずるものであって、投ずべき機はそうそうあるものではないのです。
絶対的なチャンスを迎えた相場、あるいは自己の思惑通りに動く相場に出会うことがあるのであれば、その機に乗じ全力い傾けなければならない。余程の人でもなければそうした機会はめったに見いだせるものではありません。俗にいえば「ツイたらツキに乗れ」ということでありましょう。放置すれば絶好の機会は逃げてしまうものです。
木を庭に植えると常に目の前で眺めている為、なかなかその成長に気づく事はできません。山に植えておけばたびたび見る事はないので、忘れがちとなりますが、いざ山へいってみると意外とその木は大きく育っているものです。相場においては、仕掛けたあと出張などから帰ってくると意外と伸びている事があるのがのがそれにあたります。
これは米相場時における格言です。天候商品において新年度が旧年度より上ザヤとなった時には、これに乗じて買っていけと教えています。年度替わりに行う構造・需給の変化を見逃してはならないということ。特に穀物相場においては覚えておいてもらいたい格言の一つです。
これは一般的な格言である。急ぐということはそこに一種のあせりが生じるわけで、情勢を冷静に分析する余裕がなくなり、結果として天井買いの底売りとなってしまうものなのです。
理論的には相場は下がる状況にあってもその勢いがまだ熟していない時はなかなか下がらないものです。だからといって底意が堅いのだろうと解釈して買っていったりすると、そのとき相場は下げ始めるものです。理論と現実との相違、そしてその時々に揺れ動く人間心理を述べた格言です。
相場が弱く見えるときは、冷静に三日待ってみよという教訓です。好材料を耳にしたが相場に変化が無く、迷ってしまったときなどに三日待って相場の反応を見ようということである。結局、自分が強気の時は、他人も強気。自分が弱気の時は、他人も弱気ということである。
相場は小浮動を繰り返しながら上下動してゆくものですが、大局的に見れば上げ波動、下げ波動は少なくとも3ヶ月、超大勢波動では1年半なり2年なり費やして展開するものであります。相場を対処するに際には、まず大きな波動を見極めて売買の力点を考えながら仕掛けてゆかなければなりません。
寄り付きと大引けが同値の四本同事もしくはコマなどの形がケイ線上で出た場合は、売り買い共に行き詰まったことを示しており、相場の分岐点の目安となります。
相場とは天井を往復しているものです。早い話が相場には売りと買いの二つしかありません、そこで大逆張りで対処することとなるのです。
相場というものはそれまでの高値を上抜いた時が天井形成期にあたります。しかしこれは一般的な経験則であって、容易に上抜けないでいて上抜いた時などは意外と伸びることがあります。こだわりが深く過ぎると道を間違うというよい例。
つまりもち合いの上放れ、下放れにつけという事。もち合い放れというのは相場の方向が定められたことをいいます。しかしながら、上げ途上や下げ途上の放れ線は逆に警戒しなければなりません。
相場には一種のサイクルがあり、このサイクルに上手に乗るか、乗らないかで、当たりはずれが決まるわけです。相場というものは、突如急激に上げて頂点までいったと思ったら、急角度で下降線を描く。そして、下がりきってしまうと、動かなくなってしまうということを指します。
相場には通い相場と遊び相場の二種類があります。そして、その二通りの変化には、毎日の相場の動きを留意することが必要です。そして、日々の相場の動きを的確に握めることができるようになれば、天底の感じも握めるようになってくるものです。
あるいは「静中動をはらむ」ともいいます。もちあいというのは底百日というようにひとたび持ち合いの局面に入るといつまでたっても動かないような気配となります。しかし、相場はいつまでも持ち合いを続けるわけではなく、徐々にエネルギーを蓄積しながらもちあい放れの気をうかがっているものなのです。
相場が下げに下げたあと、立会いで三節、同じ値で貼りつくようであれば相場は下げの力を出し尽くして下げの限界に達しているわけです。しかしながら、こうした現象はあまり出会えません。何故なら、こういう時点ではかなり商いは閑散となっているはずで、その前に「閑散に売りなし」の場面になっているはずのものですから。
相場はもち合うと人気が離散して、動意薄が閑散を呼び、閑散が動意薄を呼ぶという商状になるものです。そうした時は人気的には影の極にさしかかっているわけで、裏返せば商いができる因をはらんでいます。上げ相場は商盛とともに訪れることから出た言葉だと思われます。
これは大底百日の時に用いられる言葉です。底でのもみ合いになってくると、えてして強気になってしまうものです。そして、売り方はなお勢いに乗って売り込もうとしてくるもの、相場はそうした時に逆に反発するものです。
相場は値段よりも日柄で見るものです。上昇より下降のほうが短く、あるいは天井3日、底百日などの言葉があるように日柄を注意して見なければなりません。波動などにおいては値幅より日柄の方を重視することが必要です。
相場というものはいわゆる理外の理ということがあって、常識通りにはゆかないものです。格言の少なからぬものは一般常識と逆なものが多い事がその事を端的に示しています。常識通りに動くものは相場ではありません。
チャンスを待つことは必要ですが、いたずらに運がよければと運頼みするようなことはチャンスを逃すようなものであり、運頼みになることは死を待つことに等しいというわけです。運は自分で切り開くもの。
全てをケイ線で判断するのではなく、あくまでも杖として頼れということ。だからといってケイ線を無視する事は出来ず、日柄・値幅などをケイ線で図式化して知る必要性があります。
ちりもつもれば山となる。小利を着実に積んで大成功をなした成功者もあります。その最たるものは、サヤ取りなどの気の長いものですが、それが本来は相場の小利の常道であります。
これは相場の心構えというよりも人生訓に近いものです。一気呵成に大成功へ到達するものではなく、一歩一歩、着実に歩を進めてゆくべきものなのです。
これは相場商品を扱っている当業者においてのみ有効な必要な格言です。買い約定したら売りつなぎを、売り約定したらコール買いをすれば企業は価格変動のリスクを免れることができます。しかしながら、実際のところなかなかそれが解っていただけないものなのです。
相場は他人の意見を聞くべきではない。もし、他人に意見を求めたいなら一人に限定しておくことが肝心です。なぜなら、二人から意見を聞いたときに正反対の考え方だった場合、混乱してしまい状態を悪くしてしまう可能性があるからです。